第212話 怒り毛
目次
前話第211話 怒りのシライシのあらすじ
白石の痛烈な言葉
大泊。
まだほとんど人が活動していない早朝にも関わらず杉元は一人外に立って物思いに耽っていた。
そんな杉元に、一晩飲み明かして女に支えられて帰ってきた白石が声をかける。
鶴見中尉の率いる第七師団がやってくる緊張で眠れなかったのか、と白石は杉元を揶揄う。
「アシリパちゃんを引き渡して鶴見中尉の犬になるんだよな」
酔いも手伝って白石の口が回る。
聞こえの悪いことを言うなと不機嫌になる杉元を前にしても、白石は、結局鶴見中尉たちに加担するなら小樽で捕まった時にそうすれば良かっただろ、と痛烈な言葉が続く。
そして隣の女に、昔は誰にも懐かねえ一匹狼だったんだぜ、と話しかける白石。
「へえ……日和ったんだ」
女が調子を合わせる。
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あの時とは状況が違う、今も鶴見中尉たちの計画には興味がないと憤慨する杉元。
そして鶴見中尉がアシリパの暗号が解ければ用はない、土方のようにアイヌを背負わせて戦う必要もないと、自分が鶴見中尉に協力する理由を述べる。
それに対して白石はまともに返答をせず、アシリパさん!! アシリパさん!! と杉元を揶揄するように連呼してみせてから、惚れた未亡人に金を渡すのはどうなった、と人差し指を突き付ける。
杉元は目を伏せる。
治療を受けられるだけの額は貰うように取引はしている、という杉元の返答は、直前よりもいくらかトーンダウンしていた。
白石はそれっぽっちで良いかもしれないが、と白石はいよいよ怒りを露わにして続ける。
「鶴見中尉が金塊を見つけたら俺はいくら貰えるんだ? ええ?」
そして、思い切り杉元にビンタする。
「俺が皮算用してた分け前は何百円ポッチじゃねえぞコラァ」
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やっぱそれか、とビンタを返す杉元。
「カネカネ汚えんだよいっつもてめえは!!」
白石は四つん這いになってゲロを吐いた後、再び杉元に絡む。
「へんッ おめえがアシリパちゃんを正しい道に導くってか? 恋人でも嫁でも娘でもねえのに…」
アタイも束縛する人嫌いだね、と話に入ってくる女に、イラつく杉元。
「うるせえな帰れよ!!」
今のお前は人生に守るものが出来たと勝手に思い込んで冒険が出来なくなったショボショボくたびれ男だ、と白石の痛烈な言葉は続く。
「杉元は樺太の旅でのアシリパちゃんを見てねえ!」
彼女は成長した、お前が知ってる彼女ではないと、徐々に白石の目に熱がこもる。
「お前らは樺太でやっと再会できたのに離れたままだ!!」
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そしてキロランケが自分たちの現状をその目で見てもらうために、わざわざ樺太に連れて来てまでアシリパに伝えたことは嘘ではないとヒートアップしていく白石。
「全部覚悟の上でアシリパちゃんが『アイヌを背負いたい』というなら背負わせりゃいいだろッ!!」
白石は杉元の胸倉を掴み上げ、さらに続ける。
「彼女を自立した相棒として信じればなぁ おまえは元のギラギラした狼に戻れるのに…」
そこまで言って、再びゲロを吐く白石。
今度は地面にうつ伏せに倒れてしまい、ひとつオナラをする。
「オナラでた」
杉元は白石に何も言い返すことは出来なかった。
思いつめた表情でその場に立ち尽くす。
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対面
鶴見中尉を乗せた水雷艇が大泊の港に停泊する。
「来たッ」
鯉登少尉を先頭に、鶴見中尉を出迎える杉元たち。
谷垣は、北海道に戻ったら小樽のフチに会いにいけるよう頼んでみるとい、とアシリパに話しかける。
「それを許さないほど鶴見中尉は話の通じない人間ではない」
どんな男かはひと目見ればわかる、とアシリパ。
水雷艇から降りてきた鶴見中尉を含め11名の第七師団兵が杉元たちの前に立つ。
「樺太先遣隊…ご苦労であった」
鶴見中尉の言葉に顔を輝かせる鯉登少尉。
「お前たちならやれると信じていた」
谷垣、杉元の表情はじっと鶴見中尉の言葉を聞いていた。
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「そちらのお嬢さんがアシリパだな?」
帽子を外し、額のプロテクターを露わにする鶴見中尉。
なるほど、と呟いてアシリパを真正面から観察するかのように見つめる。
鶴見中尉は、網走監獄の敷地内で頭を撃たれて絶命していたのっぺらぼう――ウイルクの瞳の色を思い出していた。
「確かに同じ目だ」
じっとアシリパを見下ろす鶴見中尉。
アシリパは目をそらすことなく、まるで何もかも見通すかのような視線で鶴見中尉を見上げていた。
「白石由竹か…」
何の前触れもなくゲロを吐く白石に気をとられる鶴見中尉。
杉元は傍らのアシリパの様子が妙であることに気付く。
アシリパは脇の矢筒に入っている5本の矢、全てを取り出そうとしていた。
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逃走
杉元の心臓が鼓動が一気に高鳴る。
「杉元……」
五本の矢を弓に番えながら横目で杉元を捉えるアシリパ。
「私のことは私が決める」
「おい…」
不意を突かれた鶴見中尉。
「アシリパ何をしている!!」
驚愕する月島軍曹。
杉元はアシリパと視線の合わせて、コクン、と一つ頷く。
空高く放たれる5本の矢。
第七師団兵は予想外の行動を前に、反射的に空を見上げるのみ。
矢が下に向かって落ち始める瞬間、杉元が叫ぶ。
「毒矢だッ」
鶴見中尉たちに矢が降り注ごうとしていた。
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矢から庇おうと、宇佐美上等兵ともう一人の兵が鶴見中尉に抱き着く。
逃げろッ、と月島軍曹。
矢は第七師団兵を外れて地面に刺さる。
地面にうつ伏せに寝て足を思い切り開脚することで、ギリギリで矢をかわす鯉登少尉。
「全員無事か?」
菊田特務曹長が声を上げる。
部下に地面に押し倒された鶴見中尉は、何とか上半身を起こして叫ぶ。
「逃げたぞ!!」
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アシリパと杉元は一目散に逃げ出していた。
走りながら、杉元はあの矢の矢尻に毒が付いていなかったことをアシリパに確認する。
「『逃げる気だ』ってすぐにピンときたぜ」
ニッと笑うアシリパ。
「杉元! 相棒ならこれからは『するな』と言うな!!」
「何かを『一緒にしよう!』って前向きな言葉が私は聞きたいんだ!」
よしッ!! と笑う杉元。
「俺たちだけで金塊を見つけよう!!」
「あれ?」
矢の一本は白石の脳天に刺さっていた。
「オレ死ぬ?」
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第211話 怒りのシライシの振り返り感想
気持ち良い展開
やっぱりこの展開じゃないと。
アシリパのため、ともやもやした気持ちのままだった杉元の目を覚ましたのは、白石、そしてアシリパさんだった。
杉元が鶴見中尉に協力しようとしていたのは、ひとえにアシリパさんを血生臭い戦いの当事者とならないように、血塗られた金塊などとは無縁で平和に暮らせるようにという配慮に他ならない。
しかし当のアシリパさん本人から、こんな良い顔でこう言われたらな……。
そりゃ、いくらアシリパを争いに巻き込みたくいないとはいえ、杉元も反対できないわな。
というか、元々杉元自身も、彼のラストの笑顔や、白石に痛いところを突かれて黙ってしまったことからも、鶴見中尉に従って動くことは全くの本意ではなかったと思う。
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本気で鶴見中尉の軍門に下るつもりだったなら、アシリパが矢を空に放つ前に止める、もしくは止めようと何かしらの反応をするはずだ。
しかしそれをしなかった。
矢尻に毒が付いていなかったことに気付き、アシリパさんの逃げるという意思を瞬時で読みとった。結果、第七師団兵たちに対しては飛来するのは毒矢だと叫び、攪乱する。
チームワーク抜群じゃん。
そして今回のタイトル通り、白石のギラつきを失った杉元への熱い喝の入れ方。
杉元やアシリパさんのことを間近で見てきた白石だからこそ言えるセリフだろう。
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この白石の喝により、矢を放ったアシリパさんとすぐに呼吸を合わせて攪乱、そして逃走が出来たのだと思う。
やはり杉元チームの良さはこのチームワークの良さ、そして生き方の気持ちよさだろう。
自分らしくない選択をしていたことに気付かせてくれた白石、そしてそんな杉元の尻を叩いたアシリパさんは最高の仲間といえる。
このメンバーで襲い来る敵を撃退し、アイヌ料理に舌鼓を打ち、アイヌ文化に親しむ旅の日常が帰ってくるのかと思うと嬉しい。
白石と谷垣は杉元たちと一緒に逃げていないように見えるけど、次回から別行動なのかな?
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鶴見中尉の胸に去来したもの
ただ、鶴見中尉がただ逃げられるだけで終わるはずがない。
今回のアシリパさん、そして杉元の選択は鶴見中尉への宣戦布告だ。
いよいよ第七師団による追跡は本格的に厳しくなっていくだろう。
鶴見中尉について、一目見ればわかると言ったアシリパさん。
そしてアシリパさんは即座に複数の矢を空に放つわけだけど、一体彼女は鶴見中尉から何を感じ取ったのだろう。
確かに同じ目だ、と第一声を発した際の鶴見中尉の目、表情は底知れない不気味さはあった。
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しかし同時に、わずかではあるが、郷愁も同居しているような気がしたんだけど気のせいか。
それは単にウイルクのことを思い出していたからというだけではない。
かつてスパイとして長谷川を名乗っていた頃に共に暮らしていたフィーナのことが一瞬でも脳裏をよぎっていたとか?
描写自体は無かったので、これはあくまで単なる深読みでしかない。
しかし鶴見中尉にも、現在の怪人化に至るまでのプロセスがあるということを、ここまでこの物語に触れてきた読者は知っている。
おそらくその原点には、妻フィーナと娘オリガの死があった。
鶴見中尉に残る人間性が日露ハーフのアシリパに揺り起こされるのは決して不思議ではないと思う。
鶴見中尉はアシリパを手荒に扱うとは思えない。
もし本当にそうだった場合、もちろん金塊の暗号を解く鍵だからということもあるが、アシリパが妻や娘の姿を想起させるからという人間的な理由が一切無いと誰が断言できるだろうか。
これから再び杉元チームVS第七師団VS土方チームの金塊争奪戦が本格的に再開するだろう。
どんな展開になっていくのか楽しみ。
211話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。
前話第212話 怒り毛
追撃
大泊。
杉元とアシリパは、第七師団からの逃走を続けていた。
杉元は、アシリパがあまりに迷いなく自分を先導することから、逃げる先にあてがあるのかと訊ねる。
その問いに対しアシリパは確信をもって、ある、と答えるのだった。
一方、第七師団兵たちは杉元、アシリパを追っていた。
谷垣には杉元たちの逃走はあまりにも予想外だった。
鶴見中尉たちはフチの村を知っているので、もうアシリパは村には戻れないだろうと焦るのだった。
アシリパの先導で、杉元は米俵の貯蔵庫を通り抜けていた。
「あ!! いたいた」
その出口を塞ぐように出現したのは宇佐美上等兵。
即座に杉元を銃で撃とうとするが、その瞬間、杉元は自分の銃で宇佐美上等兵の銃身を叩き、銃弾の軌道を逸らしてかわすのだった。
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「向こうだ!!」
菊田特務曹長が銃声の反応する。
宇佐美上等兵は銃撃は失敗したが、すぐに次の攻撃に移行していた。
杉元に銃身を弾かれた勢いに逆らうことなく、くるりと体を右回転させて、その勢いのまま右肘を杉元の顎に叩き込む。
杉元はその一撃にも全く怯むことはなかった。
宇佐美上等兵を抱きしめて、裏投げの要領で投げ飛ばす。
そして、宇佐美上等兵を地面に叩きつけると、その顔を連続で足で踏みつける。
しかし三度目の踏みつけは、宇佐美上等兵が左手で受け止めていた。
体を起こしつつ、右手で自らの腰から銃剣を抜こうとする。
ドスンッ
宇佐美上等兵の体の上にアシリパが米俵が落とす。
アシリパは積まれた米俵の上から降りつつ、集まるので急げと杉元に素早い逃走を促す。
次の瞬間、杉元は第七師団兵に発見されていた。
しかしすぐに近くの米俵を投げつけて、第七師団兵を吹っ飛ばすのだった、
「行け行けッ」
杉元は背後の様子を確認しながら、アシリパに逃げるよう促す。
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死闘
「止まれッ」
第七師団兵に発見される杉元とアシリパ。
「逃げられんぞ杉元ッ」
銃を突きつけるのは月島軍曹だった。
自分たちに対して容赦無く銃口を向ける月島軍曹を、杉元は一瞬、驚いたような様子で見つめる。
しかしすぐさま視線を前に戻して逃走する杉元に、月島軍曹は一発、銃弾を放つのだった。
銃弾は杉元の左肩を貫いていた。衝撃に杉元の体が泳ぐ。
続けて、今度は月島軍曹の隣に到着した他の第七師団兵も杉元への発砲を開始していた。
その銃弾は、すでに月島軍曹からの一撃で地面にうつ伏せに倒れた杉元の体に二発当たる。
「杉元!!」
倒れた杉元に駆け寄るアシリパ。
その様子に、月島軍曹は、アシリパに当たるから銃を撃つなと叫ぶ。
そして今度は、杉元たちのすぐ近くに鯉登少尉と他の第七師団兵が接近していた。
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「杉元立てッ」
アシリパが必死に呼びかける。
「動くなアシリパ」
鯉登少尉はピストルを突きつける、
「逃げればこうなることはわかっていたはずだ」
月島軍曹は、その様子を離れた場所から見ていた。
しかしすぐに何かを直観し、叫ぶ。
「何をやっている 近づくな鯉登少尉!!」
アシリパは倒れた杉元を心配そうに見つめていた。
その視線は、彼の逆立った髪の毛を捉える。
「離れろ!! そいつは…」
焦った様子で叫ぶ月島軍曹。
次の瞬間、杉元は一瞬で体を起こしていた。
その勢いそのままに、自らの銃剣で鯉登少尉の左胸を、背中を貫通するほど深く突き刺す。
一瞬の出来事に、我が身に起こったことを把握することで精一杯な鯉登少尉。
「俺は不死身の杉元だ!!」
怒りの形相で叫ぶ杉元。
杉元は鯉登少尉の隣の第七師団兵が発砲してくるタイミングで銃身を叩き、ギリギリのところで銃弾をかわしていた。
そして銃身に装備されている銃剣を片手で取り外し、それを射手の頬に突き刺す。
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鯉登少尉は深手を食らってもなお、ピストルの照準を杉元に合わせようとしていた。
しかし杉元は自身の銃を強引に振るい、鯉登少尉と第七師団兵を叩き伏せる。
そしてアシリパを首にしがみつかせて、その場を逃走するのだった。
「鯉登少尉 診せてください」
月島軍曹は、力なく地面に両足を投げ出すようにして座る鯉登少尉に近づく。
「月島軍曹追え!! 逃げられるぞ」
月島軍曹は菊田特務曹長に指示されても、鯉登少尉の側から全く離れる素振りさえ見せない。
鯉登少尉の体を静かに地面に横たえ、左胸上部に刺さったままの銃剣を抜かないようにと声をかける。
「行け月島 私はいいから…」
鯉登少尉がうわ言のように呟く。
「いつも感情的になって突っ走るなと注意していたでしょう…」
月島軍曹は内心で、昨日は素直に聞いてくれたのに、と思っていた。
月島軍曹と鯉登少尉のすぐそばを、鶴見中尉が通過する。
その瞬間、鶴見中尉は一瞬二人を一瞥する。しかし、すぐに視線を前に戻していた。
歩行速度は全く変わらない。
鯉登少尉のことを全く無視して歩いて行く鶴見中尉の横顔を睨みつける月島軍曹。
その視線は軍帽の庇の陰で隠れていた。
アシリパを首にしがみ付かせた状態で逃走していた杉元。
「頑張れ杉元!!」
しかしいつの間にか、アシリパが杉元の手を引いて先導を続けていた。
「もう少しだッ」
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第212話 怒り毛の感想
ハードな展開
何、この死地……。
杉元じゃなければ完全に死んでる状況だ。
銃弾を三発体に食らっている時点で普通の人間なら終わってる。
やはり。不死身の杉元と自称するだけのことはあるわ。
とんでもない生命力。
しかしその生命力にも限りがある。
アシリパさんに心当たりがあるという逃走経路こそが、この窮地を切り抜けるための重要な鍵なのだろう。
そして鯉登少尉。いやこれ、大丈夫……?
杉元よりも致命的な傷を負ってると思う。
このは銃剣の一撃は心臓を捉えてはいないと思う。
しかし、相当な重傷であることは間違いない。
まさか、これで鯉登少尉が死ぬなんてことはないよねん?
樺太編を経て、魅力が増した素晴らしいキャラが、こんな風にあっさり、物語から退場するのか?
そんなわけがないと言い切れないのがこの漫画の特徴だ。緊張感がやばい。
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月島軍曹の視線
月島軍曹が鶴見中尉を睨んだその原因は、傷ついた鯉登少尉が鶴見中尉に全く一顧だにされなかったことだと思う。
見舞いの一言もなく、ただ一瞥するのみ。
元々、月島軍曹は鶴見中尉のことは比較的良く知っていたつもりだったと思う。
物語上の時間で昨日、月島軍曹は鯉登少尉を前にして、鶴見中尉のやることを最も良い席で見たいと言った。
しかし今、それは鶴見中尉に従う気持ちがあってのこと。
今なおその気持ちは全く変わってはいないのか?
月島軍曹が鶴見中尉から離れるために早めに求人をかけているのか?
鶴見中尉のやることを見届けたいと言ったことは月島軍曹の本心だと思う。
しかし鶴見中尉を睨んだ月島軍曹の様子は、今にも裏切りそうな感じがする。
果たしてここからどうなるのか。
以上、ゴールデンカムイ第212話のネタバレを含む感想と考察でした。。
第213話はこちらです。