第230話 家永カノ
目次
前話第229話 完璧な母のあらすじ
諦め気味の谷垣
谷垣は男に絡まれていた高齢の貴婦人を救った礼に馬と路銀を得ていた。
馬でどこかに向かいながら、谷垣は自分が杉元を殺せるような冷血漢ではないと考えていた。
その脳裏では樺太で杉元、チカパシと一緒に犬橇で大雪の中を走り、生還した記憶を思い浮かべる。
そもそも頭を撃たれても生きているような杉元を殺せたとして、アシリパが言うことを聞くことなど谷垣には考えられなかった。
鶴見中尉に命じられた通り杉元を殺すことはアシリパの幸せには決して結びつかない。
それどころか杉元を失い抜け殻の様になったアシリパが帰宅したところで、フチは喜ぶだろうかと谷垣は自問自答する。
金塊争奪戦が終わるまで息を潜めている選択もあるが、それまでどのくらいの時間を要するのか定かではない。
その場合、もうじきインカラマッから産まれる我が子にも会えないと苦悩する谷垣。
結局、アシリパを探すしかないのかと谷垣は諦めに近い境地だった。
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家永の告白
病院。
「もう9か月くらい? いつ産まれてもおかしくないわね」
白衣を着た家永がお腹がふくらんできたインカラマッを診察している。
「そのおなかの神秘的な曲線はあなたを食べても私には作り出せない」
若干引き気味の表情になるインカラマッ。
家永はインカラマッを見ていると妊婦だった母を思い出す、と遠い目をして語り始める。
「私はね…母を追い求めていたの」
「お腹の膨らんでいた母も完璧だったし…赤ん坊を抱いた母は聖母のように完璧になるんだろうなって…」
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「でも階段で足を滑らせ…流産してしまった」
インカラマッは家永の語りをじっと聞いている。
「わたし…インカラマッさんが産むのを手伝いたい!」
はい喜んで、とインカラマッ。
家永は命の恩人だから、と笑う。
「じゃあ胎盤はちょうだいね!!」
栄養があるらしいから、とニコニコしながら胎盤を要求する家永。
家永にドン引きするインカラマッ。
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インカラマッが残した手がかり
夜。
自室のベッドの上にいたインカラマッは何者かの気配を感じて扉の方を向く。
そっと開く扉。
現れたのは谷垣だった。
抱き合う谷垣とインカラマッ。
「来てくれると分かっていました」
インカラマッは谷垣を真っ直ぐ見上げる。
時間はインカラマッと再会する前に遡る。
谷垣は網走の病院を少し離れたところからじっと見つめていた。
この病院からどこにインカラマッが移されたのかを聞いたら、それはすぐに鶴見中尉に伝わってしまう。
そう考え、谷垣は身動きがとれずにいたのだった。
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谷垣はインカラマッを危険に晒してまで「彼女を連れて逃げたい」というのは、自分のワガママでしかないと懊悩を続ける。
そんな谷垣を、すぐ近くの店の前でイケマの根を噛みつつ店番をしている女性がじっと見つめていた。
「……スケベが来た」
女性はそっと呟くと、谷垣に近づいていく。
「イケマの根?」
女性の存在に気付く谷垣。
「『病院のまわりをウロウロとしてうかがう……お尻とオッ〇イがムッチムチで毛深い熊ちゃんみたいなス〇ベな男……』」
谷垣さんだね、と女性は谷垣を指差す。
女性は、父がすぐそばにある病院に入院しており、出入りしていた。
そこでインカラマッから『ス〇ベ熊ちゃん』に渡すように頼まれていたのだと女性は谷垣に一枚の絵葉書を渡すのだった。
「ここは……!」
絵葉書には小樽港が描かれている。
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接近
インカラマッが残した絵葉書のヒントから、谷垣は見事にインカラマッが移された先である小樽市内の病院を探りあてることに成功したのだった。
谷垣はインカラマッに率直に、アシリパをフチの元に連れ戻す役目が失敗した自分には逃げる道しかないと切り出す。
「でもせめてお前と生まれてくる子のそばにいたかった 危険を犯しても!!」
「私がここに来て欲しいと思って……絵葉書を送ったのだから覚悟は出来てます」
インカラマッは笑顔で谷垣を見上げたまま即答する。
谷垣は見張りの月島軍曹が風呂に行っているから、とインカラマッに旅支度を急がせる。
しかしその時、ちょうど一人の軍人が病院に戻ってきていた。
敷地内に留められている馬をじっと見つめる軍人。
谷垣は自分とインカラマッがいる部屋に向けて足音が近づいてくるのに気付き、インカラマッに静かにするよう促す。
足音は鋲を打った軍靴による足音だった。
自分達がいる二階の部屋の窓から飛び降りて逃げようと考える谷垣。
しかし身重のインカラマッを見て、すぐにその選択は出来ないと悟り、ピストルの銃口を扉に向けて構える。
足音は扉の前で止まる。
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二発の弾丸
谷垣とインカラマッ、そして扉の前に立つ何者かも無言だった。
やがて、谷垣はゆっくりと扉に向かう。
谷垣がそっと扉のドアノブを回すと同時に、扉の外の人物は扉を思いっきり蹴る。
勢いよく開いた扉で強かに顎を打ちながら仰向けに倒れる谷垣。
男は谷垣の手の中にあるピストルを蹴って、自分のピストルを谷垣に突きつける。
「お前がここに来たということは鶴見中尉の命令を反故にするということだよな?」
月島軍曹は冷たい表情だった。
「お前の選択だぞ 谷垣一等卒」
インカラマッは仰向けに倒れている谷垣を月島軍曹のピストルから庇うようにして、谷垣の上に体を横たえる。
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「インカラマッ」
焦る谷垣。
「離れていろ!!」
家永はインカラマッの部屋の外に静かに立ってやり取りを聞いていた。
「これが月島ニシパの正義なら私から殺しなさい」
月島軍曹を真っ直ぐ見つめて言い放つインカラマッ。
次の瞬間、家永は背後から左手で月島軍曹の頭を抱え、右手で月島軍曹の首に注射針を刺す。
「逃げて」
インカラマッと谷垣に声をかける家永。
完全に虚を突かれた月島軍曹は左手で首元に手をあて、右手にピストルを構えたまま慌てて振り向くと、二発連続で発砲する。
二発の弾丸は家永の胸を正確に撃ち抜くのだった。
谷垣が月島軍曹のピストルを掴む。
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第229話 完璧な母の振り返り感想
退場
これはもう、家永は確実に退場だな……。
心臓を撃ち抜かれている。これは助からないだろう。
インカラマッに対して胎盤くれって言ってドン引きされた後で、インカラマッを守って死亡とは……。
まさかこんな死に方、全く予想がつかなかった。
家永の母の姿を追い求めていたという側面を知って、家永に気持ちが入ったところでこの展開……。
なんとも残酷な話の作りになっていて、今後の展開のハードさを予感させてくるなぁ。
てっきり月島軍曹は、谷垣とインカラマッの再会を見てみぬフリをして、部屋の前からそっと立ち去ってくれるんじゃないかと思ったんだけどな……。
全然甘くなかった。
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月島軍曹、普通に鶴見中尉のために動いてたわ。
自分に対してのみならず、鯉登少尉に対しての無慈悲な態度を目の当たりにして、月島軍曹の鶴見中尉への忠誠は確実に揺らいでいるはずなのに、まだ裏切るには至らないようだ。軍人として、というか組織の人間としては優秀なんだけど、月島軍曹はそんな奴じゃないと思うんだけどな。
果たして月島軍曹は、このまま鶴見中尉に従い続けるのか?
身重のインカラマッが谷垣を庇っている光景を前にしてもなお、月島軍曹には動揺が見られなかった。そんな残酷な人間じゃないだろうに……。
家永の最期の注射は、まもなく月島軍曹の身体の自由を奪う。
それによって谷垣とインカラマッは逃走に成功するだろう。
でもその後、二人は第七師団の手から無事に逃げ切れるのだろうか……?
おそらく谷垣は月島軍曹を殺せないと思う。
そもそもこれから谷垣とインカラマッが追われる立場になるのかどうかわからないが、次回で谷垣が月島軍曹に対してどういった行動をとるか気になる。
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このまま逃げ切れる?
危険を理解しながらも、妻であるインカラマッを迎えにいくという行動を選択した男、谷垣。
そもそも谷垣の物語登場からこれまでの歩みを考えれば、杉元を殺すことなど出来るはずもなかった。
アシリパやフチ、あとオソマも裏切れるはずがない。
だからこの谷垣の行動は想像の範疇にあるものだったが、いざ実際に行動しているのを見ると男だなーと思ったわ。
冷酷なイカれ軍人である鶴見中尉に逆らうことがどれほど危険なことか、谷垣には分っているはず。
それでも杉元やアシリパたち、そしてインカラマッと自分の子を選んだ。
実は谷垣が今回のようにインカラマッ救出に動くのと同じくらい、やむなく杉元との戦いを選択する展開も想像していた。
だから谷垣がインカラマッを救い出せそうになっているのは嬉しいんだけど、でもまだ嫌な予感は拭い切れていない。
実はまだ谷垣とインカラマッは病院から逃げることに成功したわけではない。
この後谷垣とインカラマッは逃げ切れず、二階堂などの手によって一緒に捕縛され、インカラマッが死んでもいいのかと脅されたことで、いよいよ谷垣が杉元と本格的に戦わされるといった胸糞な展開がくる可能性もゼロではない。
まだ谷垣とインカラマッの運命は決まってはいない。
次回の展開が今から気になる……。
228話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。
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前話第230話 家永カノ
家永の最期
月島軍曹は谷垣に頭突きして、腹を蹴り上げる。
そして仰向けに倒れた谷垣の上に乗ってピストルを突きつける。
左手に満身の力を込めて、必死に銃口をそらす谷垣。
パン。
月島軍曹は発砲するが、銃弾は谷垣の顔に当たらず、すぐ横の床に穴が穿つのみ。
今度は谷垣の顔に撃ち込もうと、谷垣の手をねじ伏せてピストルの照準を彼の顔に合わせようとする月島軍曹だったが、直前に家永の注射によって投与された筋弛緩剤によって、月島軍曹はあえなく谷垣の胸に顔を埋めるようにして倒れるのだった。
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「2時間は動けません… 出来るだけ遠くへ…」
仰向けに倒れてピクリとも動けない家永が声を振り絞る。
「私のように利己的な凶悪犯がどうしてって顔ね…」
無言で自分を見つめる谷垣の心を見透かしたような言葉をかける家永。
「インカラマッさんはこれから完璧になる… どうか見逃さないでね谷垣さん 」
「家永さん…」
そう呟き家永を見つめていたインカラマッに谷垣が声をかける。
「行こう!」
そっと目を閉じる家永。
インカラマッを先に部屋から出し、自分も廊下に出た谷垣。
二人はすぐ先に鯉登少尉が待ち構えていることに気付く。
鯉登少尉は手に持ったピストルを谷垣たちに向ける。
インカラマッと、そして彼女の盾になるべく前に歩み出た谷垣の姿を見て、鯉登少尉は何か思いつめたような表情を浮かべた後、ピストルを下ろす。
「行け」
谷垣はその行動に驚きつつも、すぐにその場を走り去るのだった。
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どこまでも追跡する月島軍曹
谷垣は、鯉登少尉が一体どうしたのか? と疑問を口にせずにはいられなかった。
インカラマッに自分のコートを着せて馬に乗せる。
インカラマッは、鯉登少尉が動けない時に占いをしてあげたからかも、と呟く。
インカラマッを抱えるようにして馬を走らせ始めた谷垣はインカラマッに答える。
「その程度で許すはずがない 今までの鯉登少尉なら」
ドオオン
病棟から銃弾が放たれる。
それは月島軍曹によるものだった。
月島軍曹は排莢し、次弾を装填しようとするが、あえなく力尽きその場に倒れるのだった。
谷垣はインカラマッの身体を気遣いつつ、夜の街を急ぐ。
街の外れまでやってきた二人。
インカラマッが馬の揺れによって苦しんでいるのに気づいた谷垣は、一旦休憩すべく一軒の廃屋に向かう。
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「谷垣ニシパ 頭から血が…」
インカラマッは囲炉裏で火を起こしている谷垣の頭から流れている血を何とか処置しようとする。
「これでいい………」
谷垣は頭に布を巻き付けて自分で手早く処置を行う。
「もう少し休んだら出発しよう もっと遠くへ逃げないと」
さらにインカラマッは谷垣が足を負傷しており、そこからも出血していることに気付く。
インカラマッに言われて谷垣は初めて自分が足を負傷して血を流していることを知る。
それは月島軍曹が自分たちに向けて放った一発が掠めていたのだった。
「必死で気づかなかった」
谷垣はその血が地面に血痕を残していることに気付く。
立ち上がり、廃屋の外を確認する谷垣。
案の定、血は自分たちがやってきた道からずっと続いている。
「まずいぞ…」
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ドオオン。
谷垣はのけぞってギリギリで銃弾をかわす。
銃を撃ったのはここまでの血痕を追跡してきていた月島軍曹だった。
谷垣はインカラマッに廃屋の裏から外へ逃げるように指示し、廃屋に突っ込んできた月島軍曹に向けてピストルを撃つ。
それをしゃがんでかわす月島軍曹。
月島軍曹は谷垣の腰にタックルして、仰向けに倒れた谷垣の顔に何度も拳を打ち付けていく。
谷垣は月島軍曹の両脚を抱え、持ち上げて家の壁に叩きつける。
谷垣は家の壁を破壊して外に転がっていく月島軍曹を、拾った月島軍曹の小銃で狙おうとする。
しかし月島軍曹は谷垣の視界からあっという間に姿を消していた。
谷垣は月島軍曹を深追いせず、裏口で待っていたインカラマッと合流し、馬に乗って逃げようとする。
しかし追跡を諦めていなかった月島軍曹は、馬で廃屋を去っていく谷垣の背中に向けてピストルを撃っていた。
銃弾は肩付近に命中する。
しかし谷垣は月島軍曹にも、自分の受けた傷にも一切構わず先を急ぐ。
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逃亡した先は……
谷垣が山の中を馬で逃げ続けている内に、いつの間にか夜が明けていた。
「朝だ…」
谷垣はインカラマッだけではなく自分の勇気を奮い起こすような言葉を呟き続ける。
「でもこっちに小銃があればうかつに近づけない 山を逃げれば何とか撒ける 俺のほうが山は慣れてる」
月島軍曹はまだ谷垣とインカラマッを諦めていなかった。
血痕を辿ってひたすら二人を追い続ける。
「あ…!」
インカラマッが声を上げる。
彼女の反応に、谷垣は追手に見つかったのかと驚く。
インカラマッは青ざめた表情で谷垣をじっと見つめる。
「破水したみたいです」
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まだ血痕を追って谷垣たちを追跡し続けてきた月島軍曹。
やがて一頭で歩いている馬の姿に気づく。
馬の後ろ脚の付け根あたりから流れている血で、月島軍曹は自分が馬の血痕を追わされていたことに気付く。
「頑張れインカラマッ 辛抱してくれ」
谷垣はインカラマッを抱きかかえて、彼女を励ましながら山の中を駆けていた。
「大丈夫だ!! 俺がついているから 頑張れ!!」
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「全部上手くいくから…!!」
谷垣は真っ直ぐ前を見つめて、息を切らしながら必死で走っている。
その谷垣の姿に安心し、インカラマッの顔に笑みが浮かぶ。
そしてインカラマッは谷垣に抱き着く。
谷垣は迷わず一軒の家に入っていく。
「フチ…!!」
縫物をしていたフチは突然来訪してきた谷垣とインカラマッを見つめる。
フチの背後には坂本慶一郎とお竜の赤子が座っている。
「ごめん ただいま」
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第230話 家永カノの感想
家永の最期の言葉が思いもよらず良い言葉だった……。
フチの家に辿り着き、これからインカラマッは出産に入るだろう。
そこで谷垣は家永の言葉の意味を知るのだろうか。
しかし今回は同時に、月島軍曹の執念も印象的だった。
谷垣とインカラマッを追える状態だった鯉登少尉が追わなかったのに、筋弛緩剤によって動けない状態だったはずの月島軍曹が気力を振り絞って追跡を続ける……。
正直、なんでそこまで、と思ってしまった。
月島軍曹の行動の理由が、鶴見中尉への忠誠心だけでは足りない気がするんだよな……。
なんにせよ、月島軍曹は筋弛緩剤を投与されながらも、谷垣に傷を負わせ、その血の跡を追って一時は二人に肉薄した。
馬の血を追わされ、見失ったということでもういいだろう……。
もしここからさらに谷垣とインカラマッの痕跡を発見して、二人を追跡した先にはフチと赤子も一緒だ。
さすがにもう月島軍曹は追ってこないと思いたい。
次回は出産シーンかな?
谷垣もフチを手伝うのだろうか。次回が楽しみ。
以上、ゴールデンカムイ第230話のネタバレを含む感想と考察でした。
第231話に続きます。