第75話 阿仁根っ子
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谷垣の一声に注目する、ストーブを囲んだ第七師団兵たち。
「自分ら阿仁マタギの非常用携行食で丸いのと楕円のを作り2個一組にして山に入ります」
「丸いのは太陽で楕円のは月を意味するらしいです」指で輪っかを作りながら話す谷垣。
「カネ餅か…それは知らなかったな」と鶴見中尉。
「味は?普通の餅か?」
「米粉に水を加えて味噌か塩を混ぜよくこねて葉っぱに包んで」
「囲炉裏の灰の下で蒸し焼きにするものです」
「ちなみに戸沢マタギじゃカネ餅に味噌は厳禁だそうで…」
「村落によって多少の違いがあるわけか」
「親父が真面目でうるさいから誰にも言わず秘密にしてたんですが…」
「実は自分が食べるカネ餅にはちょっとだけ手間を加えていました」
「でもある日マタギの仲間にバレたことがありまして…」
「フフフッどうやって?」楽しそうに追う鶴見中尉。
鶴見中尉は人の話聞くのが上手だと思った。
江渡貝の時もそうだけど、相手のことを理解しようという態度が自然というか。
軍で情報を扱う人間としての心がけなのか?
それとも鶴見中尉の持つ天然のカリスマ性の一端なのか。
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ムカイマッテ、マツマイ、勢子のそれぞれの役割の人間が共同で巻き狩りを行うことを説明する谷垣。
「勢子だった自分と一つ年上の青山賢吉という男が頂上へついたところで天候が急変しました」
「岩場の洞窟に避難しましたが数日間動けなくなり…持参したいり豆や米もすぐに底をつきました」
「カネ餅はそんな時に食べる最後の食料です」
「カネ餅はどんなに寒くても凍らず保存のきくものでちょっとかじるだけでも腹の足しになります」
「賢吉と自分のカネ餅をわけあって食べました」
「このまま吹雪が収まらなければほんとうに最後の食い物になると笑いながら」
「冗談じゃねぇ 源次郎の肉食ってでも生き延びるべさ」谷垣のカネ餅を食べながらなにかに気づく賢吉。
「……!?おい……このカネ餅なんか混ぜたが?」
ギクリとする谷垣。
「何だべこの味…待で!言うなよ当ててやる」
「うーんこれは……」
「わかった!!クルミだ!!」楽しそうに言う賢吉。
「クルミ混ぜたべ!?源次郎」
「んだ…親父には黙ってでけれ」
「賢吉はそのあと妹のフミと結婚して私たちは義理の兄弟になりました」
賢吉と仲が良かったことをうかがわせるエピソード。
結局、この後一行は助かったんだね。
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「フチが夢を見たんだとよ」タバコをふかしながら言うマカナックル。
「アシリパとは二度と会えなくなる夢だそうだ」
「俺たちアイヌは占いの結果を深刻にとらえるし身の回りの不吉な兆候には神経質だ」
「特に夢は重要視され、ひとつの予言とまで考える」
「あのインカㇻマッという女 アイツがあんな話をするから……」
「フチは悪い夢を見て寝込んじまった オソマは寝ションベンがまた始まるし」
(妹さんと亡くされてませんか?)インカㇻマッを思い出す谷垣。
「ただ……あの女の占いが不思議と当たるので不気味だ」
「アシリパのフチは死んじゃうの?」傍らで聞いていたチカパシ。
「俺の家族もみんな死んだ」
淡々と話すチカパシ。家族はみんな疱瘡(天然痘)で死んだという。
「谷垣ニㇱパの家族は元気?」谷垣を見上げるチカパシ。
フチは信心深いから余計に心労が募るんだろう。
それを敏感に感じ取ったオソマは不安になって寝ショウベンを漏らすように。
インカㇻマッとは何者なんだろう。
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「あの日も私は実家でカネ餅を焼いていました」
「すると兄貴が今まで見たこともない顔で外から戻ってひとこと…」
「フミが…!!」
「兄貴が放心しているのを見てツララを背中に刺された感覚になりました」
「フミは賢吉と集落より離れた山の少し高いところで静かに暮らしていました」
「私が行くとふたりが住んでいた小屋はすっかり燃えて中には真っ黒に焼けたフミの遺体がありました」
「くまなく調べると心臓に刺し傷があり…そばには賢吉のマスケが落ちていました」
「私らがマスケと呼ぶ小刀はマタギの魂です」
「賢吉の姿はどこにもありませんでした」
犯罪被害はいつだって唐突。
谷垣のみならず、状況証拠から賢吉の仕業だと判断するのは至極当然。
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しかし親は賢吉は来ていない、勘弁してくれと言うばかり。
匿っているわけでもないという。
「血眼になって捜し歩きましたが見つかりませんでした」
「しかしある日賢吉が北海道の第七師団へ入隊したという噂が入ってきたのです」
「もうやめれ源次郎」父親が言う。
「復讐のために阿仁を捨てんな おめえの人生まで棒に振るな」
「妹を殺されで泣き寝入りができるが」
「マタギなんて糞食らえだ 二度と戻らね」
荷物を背負いこんで言い放つ谷垣。
強い意志が感じられる。
東北の人間の我慢強さ、粘り強さをにじませる強固な意志を宿した表情。
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「出征間近に兄から母の死を知らされました」
「フミの無残な死と自分が故郷を捨てて戦争へ行くこと」
「毎日泣いて過ごして心労がたたり体が弱ってあっけなく死んだそうです」
挿入されるフチのうつむいた、沈んだ顔。
「全ての責任は賢吉にあると憎悪を膨らませました」
「屯田兵の集まる旅順へいけば賢吉を見つけれられる」
「見つけたら戦闘のドサクサで背中を撃ってやろうと」
執念深いけど復讐したいという気持ちを咎めることはできない。
大切な妹が無残に殺され、犯人と思しきかつて気を許していた男は逃亡。
心の中でどうやってけじめをつけろというのか。
「土嚢のすみに座り込むボロボロの男がいました」
「自分の血か返り血か……顔もわからぬほど真っ黒でしたがよく見ると白襷をかけていました」
(この男……昨夜の決死隊の生き残りだ)
白襷は決死の奇襲作戦を実行した白襷隊の証。
一夜にしてほぼ全滅の憂き目にあったが、その戦いぶりはロシアに恐怖を与え、ロシア降伏の布石となった。
白襷隊に参加していて生き残ったことはすごいこと。
そしてその正体は。
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「なんか食いもん持ってねえか?」男(杉元)が言う。
肩章からその男(杉元)は数か月も前から前線で戦っていたことが分かった谷垣は畏敬の念もあってカネ餅を取り出す。
「け……」カネ餅を手渡す谷垣。
「ありがとよ……頂きます」受け取ったカネ餅を口にする男(杉元)。
「秋田の郷土料理か?」と問う男(杉元)。
「どうして秋田だと?」疑問の谷垣。
「やっぱりそうか」「だってあんた【け】って言って差し出したよな?【食え】っていう方言だろ?」
同じ小隊に秋田の阿仁生まれで漁師をやっていた一等卒がいて、その男から教えてもらったという。
(賢吉だ ついに妹の仇を見つけた)
長き旅の末にようやく捉えた賢吉の姿。
ついに復讐を実行できるところまで来たわけだけど、どうなるのか。
杉元は戦闘のエリートだったんだなぁ。過去の回想はこういうのがたまらないね。
ほぼ全滅した、ロシアに恐怖を植え付けた特攻部隊の生き残りとは。
歴戦の勇士って感じがプンプンする風貌、いでたち。迫力がある。
杉元と谷垣は絡んでいたんだなぁ。北海道で戦った時にはお互い覚えてないようだったけど。
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