第207話 塹壕から見えた月
目次
前話第206話 ふたりの距離のあらすじ
思わぬ映像
アシリパが監督したアイヌを伝えるための作品の上映会のために、鯉登少尉のお金で借りた芝居小屋に一同が集まっていた。
ジュレールが前方のスクリーンに写真を投影する。
驚いたり笑ったり、みんな思い思いに映像を楽しんでいた。
アシリパ監督作品が一通り終わると、続けて見慣れない小屋の映像がスクリーンに映る。
突如始まった見慣れない活動写真を不思議に思っている杉元たちに、稲葉はこの活動写真はジュレールがアシリパを撮影していて気になったので、観てもらいたくてセットしたものであること、そしてこの映像が10年以上前に小樽で撮った活動写真だと説明する。
活動写真を見ていたアシリパは、映っているのが自分の村だと気づく。
やがて映像はウイルクを映し出す。
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「アチャ!?」
驚くアシリパ。
稲葉はウイルクのことを、深い青い目の色が印象的だったと呟く。
「え? これがウイルク?」
突然のことに戸惑う白石と杉元。
のっぺら坊はこんな顔だったのか、と鯉登少尉。
「じゃあ この隣の女性は…」
ウイルクの隣の笑顔の女性に注目する杉元。
「ジュレールはこの女性があなたにそっくりだって」
稲葉は活動写真を観ながら隣のアシリパに呼びかける。
活動写真の中のアシリパの母は良く笑い、コロコロと表情を変えて楽しそうにしていた。
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「明るくて晴れの日みたいなひとだったって アチャが」
アシリパがスクリーンを見つめたまま呟く。
綺麗な感じのひとだなぁ、と白石。
やがてアシリパの母らしき人が赤ん坊を背負っている映像が映し出される。
赤ん坊が寒くないように、ウイルクが丁寧な手つきでその首元付近の布を直す。
アシリパは、母に背負われる幼い頃の自分の活動写真を言葉もなく見つめていた。
「あなたの父上は樺太から来たアイヌで結婚するために日本の戸籍を取ると言っていたよ」
稲葉は続ける。
「戦争がまた起きたら召集されるからやめておけと言ったんだけどこのあと日露戦争へは参加されたのかね?」
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ウイルクがカメラに振り向く形で、カメラに背を向けている若者に笑顔で話しかけている。
若者が振り向く。それは若き日のキロランケだった。
パァァン バチバチッ
シネマトグラフから起こり始めた火は、すぐに活動写真を燃やし始める。
みんなに逃げるように指示する稲葉。ジュレールに他の写真に燃え移らないようにと指示を続ける。
スクリーンには母の活動写真が燃えていく様子が映し出されていた。
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説得
外に出た一同。
杉元は、アシリパが皆から離れていくのを見つけて追いかける。
「…大丈夫?」
活動写真は素晴らしい技術だが、自分たちアイヌの全てを残すには十分ではなかった、とアシリパが呟く。
おかげで母の顔を観ることは出来たが、赤ん坊だった自分には活動写真の中の場面の記憶はないが、ウイルクが話してくれた母との思い出の方が残っているとアシリパ。
「やっぱり自分たちで大切にする気持ちがなくては残っていかない」
「キロランケニシパからいろんな民族の生活を見せてもらった」
「北海道にいては知らないことばかりだった」
「樺太の旅は…それを知るためのものだった」
杉元に背を向けながら呟くアシリパ。
「キロランケニシパやアチャの言う通り 守るためには戦わなければならないのか…」
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眼光を鋭くして、それはアシリパである必要がないと続ける杉元。
それに対し、金塊を見つけたら杉元に会う前のように暮らせというのか? とアシリパ。
そして、キロランケが命をかけて伝えてきたのを知った以上、自分はもう無関係ではいられないと続ける。
「救うのはアシリパさんじゃ無くたっていいはずだ」
「杉元お前は…!! 私のためじゃなくて自分を救いたいんじゃないか?」
杉元に必死に訴えるアシリパ。
「私の中に 干し柿を食べていた頃の自分を見ているだけじゃないのか?」
確かにそれもある、と全く動揺をみせることなく答える杉元。
これまで伝えずにいた、ウイルクが撃たれる寸前に言っていた言葉を口にする。
「アシリパさんを戦争で戦えるように育てたと…俺にそう言った」
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杉元は、何も知らないアシリパを金塊争奪戦に無理やり巻き込んだウイルク、そして自分の命と引き換えにしてアシリパを樺太に連れて行って『戦って守るしかない』という選択肢に辿り着くように仕組んだキロランケが許せないと静かな怒りを燃やす。
「『アイヌの先頭に立って死ね』と『黙って人を殺せ』とあいつらはアシリパさんに言ってるんだよ?」
そして、自分は親になったことなどなく、親の責任の取り方はあるかもしれないがと前置きしてアシリパに問う。
「アシリパさんは本当にそうしたいのか?」
「人を殺せばなんとかって地獄に落ちるって言ってたよね? 信心深くないアシリパさんはそれをどう解釈してる?」
「地獄を考えたやつはそいつも俺みたいにたくさん人を殺して…元の自分に戻れず苦しんだのかもしれない」
「アシリパさんはまだそれを知らずに済んでいる」
アシリパは杉元の淡々とした言葉に何も口を挟むことができない。
そして杉元は、それを知ってからでは遅いから、アシリパには金塊争奪戦から下りて欲しいと告げる。
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第206話 ふたりの距離の振り返り感想
活動写真
アシリパさんのお母さんキレイだったな。
思わぬ形でアシリパさんがウイルクやお母さんの顔を見ることが出来て良かった。
アシリパから過去に撮った活動写真のフィルム存在を思い出して、それも上映したジュレールさんは本当にグッジョブだわ。
杉元たちと稲葉、ジュレールとの出会いはまさに運命だった。
活動写真の中で、キロランケが振り向いた時は何とも言えない気持ちになった。
もういないんだよな……。
そしてせっかくのフィルムは燃えてしまった……。
アシリパさんはフィルムよりも実際にウイルクが話してくれた思い出の方が残っていると言った。
それは決して強がりではなく、本心からなのはわかるけど、もう見られないという事実は悲しかったな……。
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杉元のアシリパを思いやる心
杉元のアシリパを思いやる心はここまで深かった。
元々、特に樺太編に入る以前から、杉元のアシリパさんに人殺しになって欲しくないという願いは、確固としたものだった。
しかし北海道や樺太での旅を経て、さらに補強されたんだな。
杉元はアシリパさんから、本当は私のためではなく、私を通してまだ殺しも何も知らずにいた頃の自分を見ているのではないか、と鋭い指摘を受ける。
しかし一切たじろぐことはなかった。
それは杉元自身もすでにそれに気づいていたからからだ。
どうしたらアシリパさんにフチの元で平和な日常を過ごしてもらえるかを考えると同時に、それを考えている自分のこともまた深く内省していた。
だから、素直にアシリパからの指摘を認めた上で、それでも遅かれ早かれ人を殺めることになるであろう金塊争奪戦から下りることを勧めたんだろう。
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杉元だってアシリパさんがどれほどアイヌを守りたいかを知っている。
それでもその為にその手を汚すべきではないという結論を出した。
いや、前述した通り、元々杉元にはアシリパさんと出会った当初から彼女に人殺しをさせるつもりなんてなかった。
今回の話で杉元が語ったその確固とした理由は、樺太の旅だけではなく、北海道の旅の時からアシリパやウイルク、キロランケ、そしてアイヌのことを知る度に、徐々に杉元の中で固まっていったという方が正しい。
杉元の言葉が一朝一夕で捻り出した理屈などではないことを知っているだけに、アシリパさんは、杉元が自分の事を本当に心の底から思いやってくれていることを感じ、ラストで言葉を失ってしまったのだろう。
杉元の説得は、その内容はもちろん、説得時の態度もただ感情に任せているわけではないからとても力強い。
特に、アシリパさんのような賢い人間には効いたことだろう。
金塊争奪戦から下りるよう杉元から要請されたアシリパさん。
果たしてこの流れに任せる形で、杉元の言う通りにせざるを得ないのか。
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アシリパさんはどうする?
アシリパさんもまた、ただウイルクたちのことを知って、衝動的に戦いに赴く意思を示しているわけではない。
アシリパさんはアイヌを守るためには、日々生活して、伝統を後の世に伝えるだけではなく、実際に戦わなければいけないのでは、と気づいてしまった。
樺太の旅でアシリパが得たのはキロランケ、そしてウイルクの遺志といえるだろう。
簡単には譲れない想いであろうことは理解できる。
杉元から、コタンでこれまで通りのアイヌとしての平和な生活をしていろと言われたところで、その通りに出来るわけがない。
おそらく杉元から見たら、そんなキロランケやウイルクの遺志は、アシリパを不幸にする呪いにしか見えていない。
当初からアシリパさんを戦いの運命に投じようとしていたキロランケやウイルクに、杉元は心底怒っているのだ。
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しかし、アシリパさんからすれば守るために戦うということは、自分の前に拓けた道でもある。
だから浮かない表情ではあったけど、アシリパさんはアイヌを守る戦いに身を投じることは、ウイルクやキロランケのためにもやる価値があることだと思っているだろう。
それにアシリパさんは杉元だけが地獄に行くことを望むだろうか?
杉元のアシリパへの気持ちと同様、アシリパさんもまた杉元を強く想っている。
アシリパさんが杉元に抱いている感情は恋に近い。
どう説得されても、杉元から離れられるとは思えないな……。
果たして杉元からの説得を受けて、アシリパの結論は?
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第207話 塹壕から見えた月
模様
登別。
鶴見中尉は有古一等卒が入手した都丹の刺青を調べていた。
都丹が按摩として堂々と第七師団の動向を探っていた。
それを鶴見中尉は、大した度胸だと褒める。
有古一等卒が刺青の模様について気になることがあるそうです、と菊田特務曹長。
有古一等卒は、刺青の模様が祖母たちの腕に入っていたものと似ており、金塊を示す暗号との関連性があるかもしれないと述べる。
アイヌ女性は美的要素の一つとして口、腕などに入れ墨を入れていたのだった。
鶴見中尉は有古一等卒の説を興味深そうに聞いていた。
そして、これまで手に入れてきた刺青人皮の全て畳の上に広げる。
これが全てかと鶴見中尉に問う有古一等卒。
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そうだ、と鶴見中尉。
そして雪崩に遭った都丹を見事に見つけ出し、刺青を剥いできたことを讃える。
ちょうど足先がとび出ていて、運が良かっただけと有古一等卒。
鶴見中尉は、運が悪ければ刺青人皮の暗号が失われていたかもしれないと呟き、続ける。
「一枚でも欠けたら金塊は永遠に誰にも見つからない可能性があると思うとひやりとする話だな…」
「……?」
鶴見中尉の語り口に微かな違和感を覚えた様子の有古一等卒。
菊田特務曹長は有古一等卒に、刺青人皮とアイヌの入れ墨との関連性をズバリ問う。
腕に彫る入れ墨にある地域差から、隠し場所が推測できるかと思っていたが、わからないと謝罪する有古。
しかし鶴見中尉は泰然とした様子で、そうか、面白い意見だった、と返すのだった。
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根こそぎ
玄関から外に出る有古一等卒。
するとすぐ先では菊田特務曹長が月を見上げていた。
「有古…月は同じだな」
月がどうしたのかという有古一等卒に、菊田は奉天会戦のある夜のことを話し始める。
菊田特務曹長と有古一等卒は塹壕の中で爆撃を受けていた。
負傷して、誰にもみつけてもらえずにいた菊田特務曹長と有古一等卒は、互いに死んでいないかどうか一晩中、声をかけあって生き延びていたのだった。
翌日の夜。
打たせ湯を楽しむ鶴見中尉と鯉登少将。
鶴見中尉は笑いながら、先に上がろうとする鯉登少将の尻をタオルでスパァンと打つ。
「お足下にご注意ください鯉登閣下!! 今宵は新月ですので」
男が一人、慌てた様子で宿泊所の上階から地面に落ちる。
その男目がけて、男が落ちてきたあたりから複数の発砲が続く。
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地に落ちた男は、起き上がり、叫ぶ。
「どこだッ」
有古一等卒の顔は血塗れだった。
カンカンという音とともに何者かが現れ、有古一等卒のコートの襟をはしっと掴む。
「来い!!」
有古を引っ張りながら問いかけるその人物は都丹庵士だった。
「盗ってきたか!?」
「全部盗ってきた」
有古一等卒は、刺青人皮が入った袋を肩にかけていた。
逃走する都丹と有古一等卒を追手が追跡する。
追手たちは全員、松明を持ちながら有古たちを追っていた。
そして、都丹たちの足跡を探す。
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都丹と有古一等卒は新月を活かしていた。
カンカンと舌で鳴らして危機回避する男。
先に何があるかを解説しつつ、有古一等卒を先導していく。
有古一等卒は周囲の地形を知り尽くしていた。
進むにつれて今現在の自分たちの大体の場所を察すると、どう行けば山を越えられるかを都丹に説明する。
都丹は有古一等卒に、大丈夫なのかと問う。
血だらけの顔で、はっきりと肯定する有古。
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死地
鶴見中尉が鯉登少将の尻をタオルで打っていた数時間前、有古一等卒はロウソクを使い、周囲を照らしていた。
すぐに箱の中身を確認しようとする有古一等卒
その中にはちょこんとマキリが置いてあった。
「このマキリ…どうしてここに…」
苫小牧の殺害現場で遺品を押収したのは鶴見中尉だと告げる男。
「お前は知らなかっただろう?」
「のっぺら坊に殺された7人のアイヌの中に有古の父がいたことまで調べがついている。残念だよ」
菊田特務曹長は有古一等卒の背に銃口を向けていた。
「お前はあの塹壕から見えた月を忘れちまったんだな…」
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有古一等卒は箱の方を向いたまま固まっていた。
「有古が持ってきた刺青人皮は盲目の囚人都丹庵士のものではない」
廊下から現れる鶴見中尉。
「我々がすでに都丹庵士の刺青の内容を把握していたことまでは土方歳三も知らなかったようだな」
「奴にそそのかされたのだろう? 父親の遺志を継げとかなんとか…」
鶴見中尉は襖から顔を出す。
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その凄絶な笑みを向けられた有古一等卒は、次第に呼吸が荒くなっていく。
「う…!」
表情が苦痛で歪む。
有古の右手の小指あたりを宇佐美上等兵が噛みついていた。
宇佐美上等兵はすぐさま有古一等卒の顔を右手で殴りつける。
「もう戻れないぞ」
宇佐美上等兵は怒りのあまり震えていた。
「お前は最悪の道を選んだ」
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第207話 塹壕から見えた月の感想
予想外
なんという予想外の展開の連続……。
まさかのっぺら坊に殺された七人の内、一人が有古一等卒の父だったんか……。
そして、都丹庵士の生存。
良いキャラクターだったから退場にならなくて良かった
有古一等卒は重傷を負っている。いくら彼にとって山や林が庭みたいなものだとしても、さすがに逃げ切れるかどうか……。
以上、ゴールデンカムイ第207話のネタバレを含む感想と考察でした。
第208話に続きます。
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