第76話 カネ餅
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椅子に腰かけ訥々と過去を語る谷垣。
「二〇三高地で戦ったのは北海道第七師団、四国第十一師団、金沢第九師団そして東京第一師団」
「神様が私に妹の恨みを晴らす手助けをしてくださった そう感じました」
「すぐにでも確認に行こうとしましたがおそらく賢吉の顔を見たら自分は我を忘れてしまう」
「戦闘のドサクサでこの復讐の旅に決着をつけようという冷静さは残っていました」
怒っていてもどこか冷静さを残しているあたり、谷垣の理性的な部分の強さがうかがい知れる。
「でもあの場所は…とてもじゃないですが」戦闘で敵地に突撃している回想に飛ぶ。
「賢吉を探してる余裕なんてあるはずがありませんでした」
砲撃を受けてバラバラにされ、さらに舞い上げられた死体を避けながら死地に向けひた走る谷垣。
なんか、ここにいるの月島軍曹っぽいけど本人か?
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ロシア軍人と銃を打ち合う第七師団。
「露助の手投げ弾だ」
すぐさま杉元が拾って投げ返す。
度胸がいると思う。
拾うのが、あるいは投げ返すのが遅れて爆発に巻き込まれる兵士もいたんだろうなと思うと背筋が凍る。
「じわじわと追い詰められたロシア兵は身体に手投げ弾をいくつか括り付け我々の塹壕に飛び込んできました」
「あれには参ったな」と鶴見中尉。
「ロシア兵ひとりでこちらは10人近くやられた」
「そして爆弾を抱えたロシア兵がまたひとり走ってくるのが見えました」
「奴を止めろ」銃を撃って叫ぶ谷垣。
「三十年式の銃弾を2、3発受けてもそいつは止まらなかった」
「すると一人の男が直ぐ側の塹壕から飛び出してきました」
そこには探してやまなかった男。
「賢吉っ!!」谷垣は叫んだ。
賢吉らしき日本兵は爆弾を抱えて突進してくるロシア兵にタックルを仕掛けて倒す。
爆弾が爆発する。
ロシア兵も本当に必死だったんだなぁ。
まさに日本が後の大戦で行う特攻攻撃そのものじゃないか。
犠牲を払ってでも守りたいものがあるのは第二次大戦期の日本に限らないというのは当たり前の話かもしれない。
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谷垣の話に聞き入っている他の兵士たち。
「賢吉はかろうじて生きていたので塹壕に引きずり下ろしました」
「ついに待ち望んでいた瞬間が訪れた…そう思いました」変わらない調子で静かに語る谷垣。
まぁ、第七師団の兵たちからしたら全くの他人事ではない。
少なからず自らの経験や、今後経験するかもしれないという当事者意識を持ち込んで谷垣の話を聞いていたのではないだろうか。
「お前の心臓をえぐってやる」賢吉の傍らで膝をついて話しかける谷垣。
「お前が妹のフミにやったように」
「谷垣 そいつはもうダメだ!!」傍らの兵士が駆けていく。
「聞こえてねえぞ たぶん鼓膜もやられてる!!」
「うううう」目をやられ、耳も聞こえず、内臓もはみだし、ただただ唸るばかりの賢吉。
「ハァハァ」
銃剣を手に賢吉を見据える谷垣。
「フミ……」
賢吉が息も絶え絶えに漏らす妹の名前を聞き谷垣は顔をしかめる。
「あの時、ちょうど戦闘は膠着状態になり不思議なほどあたりが静かになりました」
「なして…なしてフミを殺したッ」瀕死で体を横たえている賢吉の胸倉を掴み叫ぶ谷垣。
「賢吉ぃ!!」
ついに探していた男に出会えた。思いのたけをぶつけるような谷垣の叫び。
「どなたか存じませんが伝えて欲しいことがあります」
「秋田の…阿仁に住む…谷垣という家の人間に…」谷垣の手を掴む賢吉。
「!?」驚く谷垣。
「自分は谷垣家の娘さんを嫁にもらいました」
「自分には勿体無いほど美しい嫁でした」
「山奥でふたりきり静かに暮らしていましたが ある日嫁が…疱瘡にかかりました……」
「…………!!」衝撃を受ける谷垣。
まさかの事実。
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「感染をおそれ小屋に置きざりにしてくる話はよくありましたが……」
「……自分には出来なかった」
「置きざりにされた小屋に獣が入り込み」
「疱瘡患者が抵抗できず喰われた話も聞いたことがあります」
「特にキツネは疱瘡で皮膚にできる水疱が好物だそうです」
「フミを一人寂しく死なせるわけにはいかない」
「自分も一緒に死ぬ覚悟でした」
「でもフミは許しませんでした」
「巻き狩りへ行くため集落に顔を出さなければフミの家族たちがここへ来てしまう」
「【皆へ伝染す前に自分を殺して村を離れて欲しい】と」
「疱瘡で変わり果てた顔を布で隠しながら私に言うのです」
きついね。
疱瘡というのは天然痘のことらしい。
天然痘は今でこそ少なくとも日本では根絶した病気だが、一度かかれば致死率は非常に高い恐ろしい病気だという。
ちなみに海外では今だに発症している地域もあるという。怖い。
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「その命をどうやって使うか…」
「自分の役目を探しなさい」
「自分の役目」。
これを見つけられる難易度は人それぞれだが、見つけられた人は心の安定を得られるものではないかと思う。
その役目がいかに過酷なものであれ、自分の生きる意味を見出すことは人生においてとても重要なことではないか。
「そしてついに…私はフミを…」
「出来るだけ長く苦しまずに済むようふたりで考えた末…」
「私は漁師なのでやり慣れた方法を使いました」逆手に持った包丁を振り降ろそうとする賢吉。
「フミに言われていたとおり……小屋に火をつけ」黒煙をあげて燃える小屋。
「フミの死をご家族に伝えないまま私は村を立ち去り」
「今日まで…フミを殺した罪悪感を抱えて過ごしてきました……」
「自分の負い目のせいでご遺族を永く苦しませた」
「少しでも傷を癒せたら…」振るえながら苦しそうに言う賢吉。
「どうか…この話を秋田の阿仁に住む谷垣様に…」
「どうか…」
なんてことだろう。この時の谷垣の気持ちは果たしてどんなものだったのか。
賢吉が妹を殺したというのも醜い欲望、感情によるものではなく緩やかに着実に苦しんで死にゆく妹を安らかに逝かせるために賢吉と妹自身が下した苦渋の決断によるものだったことが判明した。
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「………」
「くるみの入ったカネ餅……」
「……源次郎か?」微かに笑みを口に浮かべる賢吉。
「そう言うと賢吉は息を引き取りました」
「賢吉は自分の役目を見つけた命を使いました」
「私の生まれてきた役目は何だろうと毎日考えています」
「いまさら阿仁には戻れない…父や兄貴に合わせる顔がありません」
ここまで静かに聞いていた鶴見中尉が口を開く。
「……谷垣」
「私にはお前が必要だ」
「まず私のために……クルミ入りのカネ餅を作ってくれないか?」
「お安いご用です」帽子のつばに手をかけ笑う谷垣。
谷垣の語る重い過去。かっこいい男だと思う。
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長い回想終わり。アイヌの村で銃を肩にかけ立つ谷垣の後ろ姿。
(俺の探していた役目…)
フチに足の傷を縫われている様子。傍らには笑うオソマ。
(いまが恩を返す時だ)
「必ず無事にアシリパを連れて帰る」
フチたちを前に決意を語る谷垣。
ついに自分の「生まれてきた役目」を悟った谷垣。
かっこよすぎるわ。
「渡すものがあるんだろ?」
「フチに手伝ってもらってテクンペ(手甲)作ったんだってよ」
「片っぽしか出来てないけどアイヌの女は好きな男にテクンペを作って渡すんだ」
「ありがとうオソマ」テクンペを右手にはめる谷垣。
「必ず戻るからもう片方作っておいてくれ」
谷垣の言葉に泣きっ面でコクンと頷くオソマ。
オソマかわいい。谷垣のことが大好きなんだなぁ。
そして谷垣もそんなオソマやフチたちのことが関わっていく内に大切な人たちとなった。
素晴らしい話だね。
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「アシリパさんがどこにいるか」
「結構だ」憮然と答える谷垣。
「俺はあんたの占いを信じたから行くわけじゃない」
「問題なのはフチたちが信じてしまったことだから」
ここ。本当にかっこいいなぁ谷垣。男だわ。
谷垣の首の後ろ、守り神をさすって唱えるフチ。
「さっ行きましょう!!谷垣ニㇱパ」笑顔で先導するインカㇻマッ。
「シラッキカムイは東の方角が吉と出ていました」
「確かにアシリパたちは網走に向かうと言ってたが……」僅かに戸惑う谷垣。
「なんであんたが一緒に行くんだ!」
「だって…」笑顔を崩さないインカㇻマッ。
「ワタシ顔に傷のある男に弱いんです」
こうして杉元、アシリパらを追って谷垣とインカㇻマッが旅立つ。
魅力ある各キャラが面白い位置に配置されてきた。
彼らが再会するのはいつになるのか。
今後の展開が読めなくて非常に楽しみ。
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場面転換。
「うんうんそうかい…」と鶴見中尉がインカㇻマッを前にして言う。
「コタンにいる谷垣という男を利用しなさい」
「そろそろ足の具合も良くなってるはずだ」
え? インカㇻマッは何者なんだ? 何が目的なのか?
今、ゴールデンカムイで最も謎の多い人物はインカㇻマッだと思う。
味方として嫌な感じもしなかったが、ここに来て鶴見中尉と繋がっていることが読者に知らされ、その話の内容も、谷垣を何かに利用しやろうという意図が感じられる大変不穏なものだ。
ここにきて主人公感がグーンとアップした谷垣の活躍が気になる!
第77話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。
コメント
「谷垣 そいつはもうダメだ!!」
「聞こえてねえぞ たぶん鼓膜もやられてる!!」
このセリフを言った兵士は、よく見ると尾形百之助上等兵です。
コメントありがとうございます!
確認しましたが、確かにヒゲの感じとか尾形っぽいですね。気付きませんでした。
戦地の回想シーンでは割と主要人物達がニアミスしてたような気がします。
他にも見落としがありそう……。読み返す時は兵士一人一人に注目したいと思います!
初めまして
アニメが切欠でコミックスから本誌でも追うようになり未収録部分の情報を探していてこちらに辿り着き楽しませて頂いています
この76話、杉元がロシア軍の手投げ弾を掴むコマの上にいるのは2巻10話でヒグマにやられるスキー部隊の面々のようですね
顔を捲られる髭の兵士が手前でその左肩後方がヒグマに落ち着いて話し掛けてた顔に傷のあった兵士かと(左頬、まさに出血中)
この激戦生き抜いてきたのにあんな風に命を落とすのかと思うと何ともいえないものを感じます
コメントありがとうございます!
下手くそな文章ですが、物語の振り返りなどに使ってもらえたら幸いです。
さらに、楽しんでもらえていたなら最高です。ありがとうございます。
ご指摘のシーン、2巻と8巻を見比べてみましたが、驚きました。これは同一人物でしょう!
あの兵士の顔の傷、一致してますよね。あれは203高地での激戦で負った傷だったのか……。
恥ずかしながら全然気づけなかったです。読み込み+気付きが足りませんね。
こういうのまだまだありそうですし、今後も生まれそうな気がします。
確かに、激戦を生き抜いてきながら、熊にやられてしまうという最期はあまりにも不憫です。
登場時も別に下衆な悪役というわけではなかったですし、彼らも言わば杉元と同じく歴戦の勇士だった。
きっとこの仕掛けをした野田先生の狙いは、読者にそう感じさせるところにもあったのかもしれませんね。
杉元が相対している第七師団はたとえ名前が出て来なくても一人一人が強者であると。
断片ではありますが、きちんと人間一人一人の歴史が感じられてまた読み味が変わりますね!
教えてくれて本当にありがとうございます!
また気が向いたら何か書き込んでやってください。