第63話 モンスター
牧場の敷地に血の跡がある。
「また一頭やられた」
血の跡のすぐそばにしゃがみこんだ男が傍らの男に言う。
「エディーさん この血まだ新しいです」
エディーと呼ばれた男はふと気配を感じた方向を見る。
そこには得体の知れないシルエットをした何かがいる。
「モンスターめ」エディーと呼ばれた男はつぶやいた。
エディはヒグマの被害に悩まされているたしい。
でも助けられる時間には限りがある
アシリパがアザラシを棒きれで叩いている。
「トッカリ(アザラシ)を仕留めた!みんな出てきていいぞ」
アシリパは満足そうな表情で汗をぬぐいながら少し離れた場所に身を潜めていた杉元、白石、キロランケに言う。
「トッカリとは海のまわりを移動するという意味だ」
「日高にはアザラシが襟裳岬を回ってまれに来るんだ」
「日高ではアザラシがそんなに獲れないから鹿と同じでカムイとして扱わないらしい」キロランケが続ける。
「もっと北の樺太なんかじゃ生活と密接な生き物なんでヒグマと同じくらい重要な海の神様として大事にしてる」
杉元が感心して答える。「へー神様にも地域差があるのね」
アシリパはアザラシを解体している。
「アザラシの肉って真っ黒なんだな」
「来いよシライシ 脳みそ食べていいってさ」遠くを見ている白石に杉元が言う。
「アザラシの肉は血の臭いが強いけどしっかり煮込むことで血が抜けておいしくなる」
アシリパがごそごそ荷物を漁りながら続ける。
「肝臓も肺も煮込んで食べる」
「わああああ!」突然自ら倒れるアシリパ。
何やってんだアシリパさん。
リアクション激し過ぎる。
「ブキナクサが……」アシリパが震えながら続ける。
「去年採って干しておいたニリンソウがもう無い…ッ」
「肉料理に入れれば肉の味を何倍にもするだけでなくお互いの味を引き立てるニリンソウが……こんな時に無いなんて!!」
「オヤジがのっぺらぼうだって言われた時より落ち込んでるじゃねえか」冷静に突っ込む白石。
「みんな食べろ アザラシの肉を塩ゆでしただけのものだけども」
「いただきまぁす」
「うまいッ このまんまでも十分美味いよ柔らかくてヒンナだよアシリパさん」美味しそうに食べながら杉元。
「魚と牛肉の中間って感じの味だな 臭みも無いしこれも美味いよアシリパちゃん」満足そうに白石。
「ふたりとも十分美味しいってよ 元気出せ」アシリパを慰めるように言うキロランケ。
「へっ」やさぐれた表情で鼻で笑うアシリパ。
場面転換。森の中を馬に乗って進む一行。
「もう少し上流に行くとコタン(村)があるから今日はそこに泊まる」アシリパが進行方向を指さす。
「杉元 ニリンソウを見つけたら教えてくれ」
「どんなの?」質問する杉元。
「さっき少し見つけたけど日当たりの良い場所ならもっとたくさんあるはずだから」
杉元もすっかり食材を獲る経験が増えてきた。
初めは何も動けなかったのにな。
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「ところで白石が札幌で遊女から聞いた囚人の情報だが…どんな外見か聞いたか? 心当たりはあるか?」
「札幌の可愛子チャンから聞いた話では…」
「ある日若い男と中年の男が客で来たそうだ」
白石、回想しながら。
遊び人だなぁ白石は。
作中、一番楽しく生きているよに見える。
「私は若くて奇麗な男のほうを地下に監禁し拷問した」
「若い男はいろんなことをわめいていたが」
「ひとつ…思いがけない事を言い出した」
「俺と一緒に来た男はあんたと同じ入れ墨を持っている」
「網走を脱獄した囚人だ」
家永がベットの上で、白石と牛山に向けて言葉を続ける。
「私はその中年の男に見覚えがなかった」
「特に注意を払わなかったせいもある」
「朝方部屋の様子を見に行くともぬけの殻だった」
中年男とは一体誰なのか。
「雑居房の入れ替えは時々あったし入れ墨の囚人全員が同じ房にいたわけじゃねえ」
馬に乗ったまま白石が続ける。
(脱獄した時もお互いの顔をしっかり見る状況じゃ無かったから顔を見てもわからん奴がいる)
「とにかく札幌の可愛子チャンが言うには…」
「その男は日高へ行って「ダン」という名のアメリカ人に会うと言っていたらしいぜッ」
なぜか馬を走らせる白石。
「なんで走るの? とまってぇ」
「このコタンにはフチのお姉さんがいる」
「アザラシが獲れて良かったね」
「いいお土産になった きっと喜ぶよ」
「この人が私の大叔母だ」フチに良く似た御婆さんを杉元に紹介するアシリパ。
「アシリパ!」フチのお姉さんがアシリパを迎え入れる。
久しぶりに会った時にする、相手の髪、肩、手をさすりあう女性の挨拶ウルイルイェをするアシリパとフチの姉。
「見てほらトッカリが獲れたんだ」アシリパが後方の杉元を指さす。
「肉と皮ですよ お婆ちゃん」杉元が言う。
フチの姉が突然何かを思い出して涙を流す。
「あれ? 泣いちゃったけど…」杉元が戸惑う。
「何かあったのか?」とアシリパ。
どこかへ逃げてしまった。心配。
そして「ひどい…許せないと」珍しく真面目顔の白石。
「フチの家に伝わっていたものなら私にとっても大切なものだ」とアシリパ。
「私が買い戻してくる」
人だから。人身売買はマズイ。
「そんあお金あるのぉ?」と白石。
白石ムカツク(笑)。
金が無いくせに遊びなりなんなりに浪費しているわけだ。
「いいだろうか杉元」
「もちろんだろほっとけるかよ」と杉元。
「それで」冷静なキロランケ。「誰に売ったんだ?」
「この近くで牧場を経営するエディー・ダンというアメリカ人だそうだ」
「アメリカ人!?」驚く白石。
アシリパさんの無欲に引き寄せられるようにして当たった感じ。
「日本へ来て25年になる」話を続けている
「珍しい物が好きでね アイヌのものも集めているんだ」
「あの服も気に入っている」
「事情は話したはずだ」冷静にアシリパ。
「そっちが払った30円は返す」
「30円100円じゃなかったかなぁl?」
静岡に怒りのボルージが上がるキロランケ。
「ダンさんよ」杉元が静かな闘志を秘めながら続ける。
「戦争ってどういう時に起こるか知ってるかい?」
「舐めた要求を吹っ掛けられて交渉が決裂した時だ」
「モンスターを斃せたら30円でアザラシ皮の服を返そう。
やはりダンは筋がね入り資本家。隙あらばふっかけようとしてくる。
正直、こんな相手とうまいこと交渉できるのか不安で仕方ない(笑)。
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