第138話 喪失
第137話のあらすじ
アシリパとウイルクの記憶。
幼いアシリパがウイルクから熊の生態について実地で教えを受けている。
正確に熊の行動を当てて見せるウイルクに、ただただ驚くアシリパ。
ウイルクはアシリパに対して、今、観察している熊を仕留めろと命じる。
幼いアシリパは心細さに一瞬ウイルクに頼りかけるが、容赦なく向かってくる熊に対して冷静に矢を放ち、樹上に登って、熊が手を伸ばして来るのに合わせて毒を塗ったマキリを打ち込み見事に斃す。
傍らで銃を片手に見守っていたウイルクはアシリパを抱き上げてアシリパを褒める。
頬にキスしてくるウイルクを嫌がるアシリパ。
そして現在、アシリパは双眼鏡でのっぺら坊の目を見て、のっぺら坊がウイルクであることを確信する。
間違いないのかと問いかけるキロランケ。
一方、地上で杉元から借りた双眼鏡でのっぺら坊はアシリパを見上げていた。
その視界にはなめざめと泣くアシリパの姿が入る。
杉元はのっぺら坊がウイルクだと理解したかと問いかけるがウイルクはそれには答えず、アイヌを殺したのは自分ではないと唐突に告白を始める。
問い返す杉元に、ウイルクは金塊についてアシリパに伝えるよう前置きし、話そうとするが、次の瞬間右前頭部を銃撃されされる。
その様子を双眼鏡で見ていたインカラマッが上げた、ウイルクが撃たれた、という声にアシリパが前を向く。
その瞬間、今度はウイルクの体を抱き留めようとした杉元が左前頭部に銃撃を受ける。
仰向けに崩れ落ちる杉元。
その様子を目撃していたアシリパが、杉元ォ! と叫ぶ。
ウイルクと杉元を銃撃したのは尾形。
右手で髪を撫でつける仕草を行う尾形は何の感情も浮かべることなく冷静に杉元たちを見下ろす。
金塊の謎を解く鍵を持つのがアシリパだけになり、金塊を追う者すべてに追われる立場となったことを悟ったインカラマッがアシリパに逃げろと催促するのだった。
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第138話
森の中を永倉が銃を持って荒い息をつきながら進む。
家永が第七師団兵二人に前後を挟まれ、銃を突きつけられて両手を挙げている。
永倉はその様子を木の陰から伺う。
谷垣の決死の救出
屋根の上。
「アチャ!! 杉元ッ!!」
キロランケに体を担がれたアシリパが必死に手を伸ばす。
「助からんッ 諦めろッ 逃げるぞアシリパ」
キロランケがアシリパを諫めようと必死で声をかける。
「死んでないッ 置いていけないッ」
アシリパは泣きながらキロランケの言葉を否定する。
「離してッ すぐそこにいるんだぞッ」
叫ぶアシリパ。
キロランケはアシリパの体を抱えながら、建物内部の階段から地上に降りていた。
「ダメだ 二人を撃った奴が近くにいる」
なおもアシリパを諫めるキロランケ。
「杉元が? マジかよ…!!」
杉元の死を聞かされ青くなった白石が傍らの谷垣に呟き、どうする? と問いかける。
「俺が行ってくる」
谷垣は銃を構えて白石に宣言する。
「白石はアシリパから離れずに予備の舟で待ってろ」
「谷垣ニシパ!!」
キロランケに続いて建物のドアから出ようとしたインカラマッが叫ぶ。
「行っちゃだめです あなたも撃たれます」
「杉元には釧路で借りがある」
谷垣が杉元とウイルクの元へと駆け出す。
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銃弾は杉元に覆いかぶさるようにして倒れているウイルクの左脇腹に命中する。
弾は貫通し、杉元の顔のすぐ横に着弾する。
地面はその衝撃で凹んでいる。
尾形は銃撃を止め、双眼鏡で杉元とウイルクを確認する。
「!?」
杉元の右足首を何者かの左手が掴むのを発見した尾形。
屋根の上の尾形からは死角になっており、誰の手か分からない。
杉元の足首を掴んでいたのは谷垣だった。
谷垣は杉元とウイルクを射手――尾形から死角になる屋根の下に引っ張ろうと満身の力を籠める。
シュパァァ
尾形の銃弾が谷垣の左腕をかすめる。
谷垣はその瞬間、素早く立ち上がって杉元とウイルクの上に覆いかぶさる。
冷静に排莢する尾形。
谷垣は杉元の服の左肩の辺りを思いっきり噛みながら、左手を杉元の背中に回してウイルク毎抱き込むようにして、思いっきり後ろに体重をかけて二人を屋根の下に引っ張り込む。
屋根の下に入り、谷垣は狙撃が止まったのを確認する。
第七師団と囚人が戦闘していた舎房からは建物全体から煙が上がり始めている。
「……」
尾形は銃を構えたまま暫く谷垣達の様子を窺うが、もう彼らが狙撃の射線上に入らないであろうことを悟り銃の構えを解く。
谷垣は杉元を左肩に乗せ、左手で胴体に回したベルトを掴んでウイルクを持ち上げながら正面玄関に向かう。
門を開けた谷垣が叫ぶ。
「インカラマッ」
インカラマッが谷垣に背中を見せてぐったりと体を横たえている。
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ユダ
どうした、と谷垣が焦りながらインカラマッを抱き上げる。
「何があった!?」
インカラマッの腹部に深々とマキリが刺さっている。
「ウイルクが」
か細い声でインカラマッが谷垣に伝えようとする。
「撃たれた時…」
尾形がウイルクを狙撃した瞬間、インカラマッは横目でキロランケを見ていた。
キロランケは片膝をつき、左手をピンと天に向けて伸ばしている。
「キロランケがどこかに合図していました」
谷垣はキロランケが…、と荒い息をつきながら呟く。
「谷垣源次郎一等卒…」
鶴見中尉が谷垣の背中に声をかける。
その背後には囚人の返り血に塗れた第七師団兵たちが立っている。
その頃、白石たちは舟を発見していた。
「たぶんこれだぜ予備の舟って!!」
「ここでみんなを待とう」
アシリパは泣き止み、木片に火を灯して辺りを照らしている。
「キロちゃんが来たッ」
キロランケが駆け寄ってくるのを迎える白石。
インカラマッがいないことに気付きキョロキョロしながら、インカラマッちゃんは? とキロランケに向けて問いかける。
「どうしてオレ達の動きが第七師団に筒抜けだったかわかるだろ?」
キロランケが白石に言い放つ。
「あの女しかいねえんだぞ!! 連れてくわけにはいかん」
「……」
白石はキロランケの腰のマキリが柄だけになっているのに気づく。
「舟を出せ 逃げるぞ」
尾形がアシリパの背後から現れる。
尾形の名を呼ぶアシリパ。
尾形は、谷垣が鶴見中尉らに掴まったと報告する。
「アチャと杉元は…!?」
焦燥がアシリパの呼吸を乱す。
「近づいて確認したがふたりとも死んでいた」
尾形が何の感情も無く言い放つ。
叫ぶアシリパ。
その身体は大きくバランスを崩す。
既に舟に乗り込んでいる白石がアシリパの身体を受け止めようと手を伸ばす。
白煙を上げる網走監獄。
第七師団と囚人の戦闘があった舎房の廊下には死体の敷き詰められている。
その中に立つ人影。
第七師団の駆逐艦の砲撃で監房を囲う壁は破壊されている。
全壊寸前の建物。教誨堂には犬童の死体。
そして夜が明ける。
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樺太へ
「不死身の杉元」
鶴見中尉が声をかけたその先にはひたすらおにぎりを頬張る杉元。
杉元は頭に包帯を巻きながらも、その目には力が宿っている。
「脳みそが欠けた気分はどうだね?」
鶴見中尉が問いかける。
「我々は『脳みそ欠け友達』だな……」
網走近郊の病院。
「まさかお前みたいな凶悪犯が名医だったとは…」
月島軍曹が家永に向かって呟く。
「天才となんとかは紙一重というが…」
家永は白衣を身にまとい、医師のように椅子に腰かけている。
日本ではまだ脳外科手術が出来る医者がいないが、自分は趣味である拷問で何人もの開頭を行ってきたと家永。
「ちょっとずつ脳みそを切り取りまだ意識がある本人の目の前で焼いて食べるのです」
「生姜醤油で!!」
ズズズズッ、ズチャッチャ、と食べる真似をして見せる。
何の感情も無く家永を見つめる月島軍曹。
「まあ…驚異的な回復力の杉元さんだから助かったのですけれど…」
家永が説明を補足する。
家永は月島軍曹に、杉元よりも腹部を刺されたインカラマッの方が危険な状態なので、情報を聞き出すなら今の内だと告げる。
インカラマッはベッドに仰向け寝ている。
手拭いをおでこに乗せ、苦しそうに目を閉じている。
その傍らの椅子には左腕を三角巾で吊った谷垣が座り、インカラマッを見つめている。
「キロランケたちは…」
インカラマッが目を閉じたまま口を開く。
ドアのそばに立つ鶴見中尉がインカラマッをじっと見つめる。
「樺太へ向かったはずです」
小舟に乗っているキロランケ、尾形、白石、アシリパの四人。
「この港で乗り換えるぞ」
尾形が立ち上がり、目を閉じて座ったままのアシリパに声をかける。
「しっかりしろ 元気を出すんだ」
「行こう アシリパ…」
何の感情も出さずに呼びかける尾形。
「アシリパさんを取り戻す」
杉元の包帯のかかっていない左目に力がみなぎる。
「俺を樺太へ連れて行け」
左手にはアシリパから託されたマキリを握りしめている。
白石、キロランケ、尾形の後、最後に下船するアシリパ。
その表情に憂いの色が浮かんでいる。
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感想
杉元生きてた。主人公だし当然なんだけど、まさか一週で復帰とは(笑)。
不死身っぷりを遺憾なく発揮してるなぁ。
長期離脱も覚悟してたけど、杞憂だった。
ウイルクは出てこなかったけど、やはり即死だったのだろうか。
仮に頭部に弾を受けた時点ではかろうじて生きていたとしても、その後、尾形の狙撃を左腹部に受けたからそれが止めだったのかもしれない。
今回もアシリパさんは可哀想だったな。
父と杉元という、自分にとって大切な人を一遍に二人も亡くしたと思っているわけだから、そのショックは計り知れないだろう。
杉元が生きていたのは良かったけどアシリパさんはそれを知らないし、ウイルクに関しても、そもそも亡くなっているのに加えて、アイヌを大量に殺した犯人であるのっぺら坊がウイルクだと思っているから精神的な疲労は相当なものだと思う。
早く杉元にはアシリパと顔を合わせてもらって、ウイルクがアイヌ殺人を否定していた事を報告して欲しい。
現状、幼いアシリパさんにとっては彼女を取り巻く現実があまりに過酷過ぎる。
今回は、前回に引き続き心が痛んだなぁ……。
杉元の言う通り、アシリパさんにはヒンナヒンナして変顔していて欲しい。
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刺青人皮収集の再開はまだ遠いのかも。
樺太に渡って、成り行き上、さらに北上することになったら、ロシアのパルチザンあたりとも一戦交える事になったりするんだろうか。
そうなるとバトルロイヤル感がさらに増して先が読めなくなる。
ほんとワクワクする。
樺太に向かったアシリパと白石は危険人物となった尾形とキロランケと行動を共にしてるわけだけど心配だなぁ。
江渡貝の屋敷の最後の晩餐でキロランケはユダの位置にいたけど、まさか本当に裏切り者だった。
自分の中では、バッタの話辺りでその疑いは解消されてたんだけど、とんでもなかった。
見事に騙されていた。
キロランケ好きなのに……。騙しの手際はあまりにも巧妙過ぎる。
インカラマッのキロランケは裏切者だという指摘は合ってたんだな。
まさかインカラマッが刺されてしまうなんて思わなかった。
尾形にしてもキロランケにしても魅力的なキャラが次々と杉元達に牙を剥いていて辛い。
読者として、キロランケにも尾形にも完全に騙されていた。
とりあえずキロランケが裏切ったことを杉元たちインカラマッを通じて知った。
それに、一緒に行動している白石だってキロランケをちょっと怪しんでいる。
しかし問題は尾形だな。
尾形に関しては今のところキロランケ以外は誰も杉元たちに敵対していることを知らない。
そしてキロランケが合図した相手は尾形。だとすれば尾形とキロランケは組んでいる。
やはり、先週の尾形の裏切りが物語の進行に与える影響はかなりデカい。
既にウイルクと杉元を狙撃してるし、まだキロランケ以外は尾形が裏切った事を知らないから、杉元たちは常に全く注意を向けていない尾形によって命を狙われている事になる。
順調に刺青人皮を集めていた杉元たちだったけど、ここにきて大ブレーキと言っていいと思う。
鶴見中尉たちと一緒にいるけど、刺青人皮は接収されてしまうかもしれない。
まさか、杉元や谷垣が第七師団と一緒に行動するとは思えない。
でもキロランケや尾形がアシリパを伴って金塊に向けて先行しているのを協力して止める展開はあるのかも?
何しろ先が全く読めないから考えれば考えるほど分からない。元々考えるの下手だし。
この、先が全く分からないジェットコースターのような展開が暫く続くと思うとワクワクが止まらないってことだけは間違いない。
以上、ゴールデンカムイ第138話のネタバレを含む感想と考察でした。
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