第232話 家族
目次
前話第231話 出産のあらすじ
説得
谷垣はフチの村にも第七師団兵が見張りとして来ているはずだと心配していた。
しかしオソマの母は兵隊に大量の酒を飲ませており、起きる心配はないと返す。
アイヌの出産では男の子はうつ伏せに、女の子は仰向けにして分娩しなければ長生きしないと言われていた。
そのためフチはインカラマッの腹部を触り、性別を確認する。
骨盤の大きさで性別を見分けるというフチの技術は名人芸の域に達しているとオソマの母。
それに加えてフチの首の後ろにいる憑神にも性別を教えてもらえるのだという。
「フチは19歳の頃からお産を助けてる百戦錬磨のイコインカラマッ(とりあげ女)なのよ アシリパだってフチがとりあげたんだから」
インカラマッをフチに任せることにした谷垣は、月島軍曹がこのコタンにやってくると考えてコタンの手前の山で迎え撃とうとしていた。
そんな谷垣を止めるインカラマッ。
「必ず戻る 俺は不死身だ」
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微笑を浮かべて返す谷垣に、インカラマッは慌てる。
「あなたは不死身じゃありません! あなただけで逃げてッ」
家を出る谷垣。
しかし入り口から出たのを見計らうように月島軍曹が谷垣の不意を突く形で銃を奪い、銃口で谷垣の顎を突き上げて体を蹴り倒す。
家の中に押し戻される谷垣。
「やめてッ」
インカラマッはすぐに何が起こっているかを察していた。
谷垣はインカラマッを背にして守る。
「俺だけ殺せ インカラマッやフチたちには何もするな」
「谷垣一等卒」
月島軍曹は谷垣に銃を突きつける。
「お前はずっとずっと前に選択を間違った 隊に戻らずその女や老婆に出会ったときから……」
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「月島ッ」
外から月島軍曹を呼ぶのは鯉登少尉。
鯉登少尉は馬に乗り、月島軍曹の後を追ってきたのだった。
「もういい 月島やめろッ」
谷垣たちが無事に逃げられるか自分をつけてきたのかという月島軍曹。
鯉登少尉は馬から降りて月島軍曹に近づいていく。
「そのふたりを殺したところで何になる 谷垣に頼るのがアシリパを見つける唯一の方法では無いだろう!? 逃げたいものは放っておけばいい!!」
「『脅し』実行しなければ意味がない 他の者にも示しがつかない」
月島軍曹は谷垣から奪った銃を谷垣たちに突きつけたまま、自身のピストルの銃口を鯉登少尉に向ける。
「邪魔をするなら殺すと言ったでしょう あなたも鶴見中尉を裏切ったということでいいですか?」
こめかみに血管が浮き出ていた。
「鯉登少尉はどちらですか? 親子共々利用されたことで鶴見中尉殿に不信感を抱く造反組ですか?」
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休戦
鯉登少尉は暫しの間のあと、口を開く。
「銃を下ろせ これは上官命令だ」
堂々たる態度で命令する鯉登少尉。
「私は鶴見中尉殿と月島軍曹を最後まで見届ける覚悟でいる」
鯉登少尉をじっと見つめる月島軍曹。
鯉登少尉は、月島軍曹が過去に「鶴見中尉殿の行く道の途中でみんなが救われるなら別に良い」という発言をしたことを挙げ、自分もそれに同意見だと続ける。
「そのために私や父が利用されていたとしてもそれは構わない」
月島軍曹は鯉登少尉の意外な言葉に思わず目を見張る。
「ただ私は鶴見中尉殿に本当の目的があるのなら見定めたい!!」
そして鯉登少尉は、もしその先に納得する正義がひとつも無いのなら後悔と罪悪感にさいなまれると続ける。
「だからこそ我々はあの二人だけは殺してはいけない」
「私にはもう遅い」
月島軍曹は食って掛かるように反論する。しかし続く言葉は弱弱しい。
「たくさん殺してきた…利用して死なせてしまった者もいる」
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まだ遅くない、と即座に否定する鯉登少尉。
「本当に大切だったものを諦めて…捨ててきました 私は自分の仕事をやるしかない」
月島軍曹は顔を歪め、堪えるように声を絞り出す。
「その厳格さは捨てたものの大きさゆえか? 月島…!!」
月島軍曹の脳裏に笑顔のいご草ちゃんの姿が浮かぶ。
「インカラマッ…」
月島軍曹は泣きそうな表情で続ける。
「あの子は…」
インカラマッは無言で左手を月島軍曹に差し伸べる。
占うために集中し始めるが、陣痛に苦しみ始める。
「アンタたちもう終わった?」
オソマの母が月島軍曹たちに呼びかける。
「続きはあとでやって!! もう産まれちゃうから!!」
そしてオソマの母は谷垣、鯉登少尉、月島軍曹に出産を行うためにテキパキと指示をしていく。
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お産
谷垣はお湯を、鯉登少尉は藁を集めに外に出ていた。その二人にオソマの母はさらにノヤハムというヨモギの葉から作った綿を他の家々から集めてくるようにと追加で指示をする。
オソマの母の指示で谷垣と鯉登少尉がお湯に入れると消毒液になるラスパカブやタラ(背負紐)を用意している間、月島軍曹は坂本慶一郎の子供をあやしていた。
出産に入る直前、フチはインカラマッを前にして何やら唱え始める。
ウワリカムイピリカノ
エンテクサマ
エンプキネヤクン
(お産の神様が私のそばを良く見守ってくだされば)
ピリカヌワプ
ハプルヌワプキワ
カムイキリサム
エポンペサンケクスネナ
(良きお産 穏やかなお産をして神様のかたわらに赤子が授けられることでしょう)
オソマの母は家の外に出ていた男たちに臼を運ばせて、ニスホリピレッ(臼踊らせ)という難産のおまじないを実行させる。
鯉登少尉が支え臼を、谷垣は必死に回す。
月島軍曹は坂本の赤ちゃんを抱いてその様子をじっと見つめていた。
梁から垂らしたタラを持ち、必死にいきむインカラマッ。
何もやることがなくなった男たちは外で出産が終わるのを待ち続ける。
「おぎゃあおぎゃあ」
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第231話 出産の振り返り感想
産まれた
おめでとうインカラマッ。
おめでとう谷垣。
その場にいた全員の協力で見事に新しい命が生まれた。
鶴見中尉の命令を忠実に守らんとする月島軍曹とインカラマッたちのために決死の覚悟で月島軍曹に立ち向かう谷垣。
その対決を終息させるため、頑なだった月島軍曹の殺気を見事に諫め切った鯉登少尉。
しかしそんな熱い男たちを「出産を手伝え」と軽くあしらったアイヌの女が一番強かった。
出産中の三人の男たちが借りてきた猫みたいにおとなしくなってて笑ったわ。
なんだかんだ、結局みんな良い奴なんだよなあ。
相変わらずすごい取材力だわ。この時代のアイヌの出産方法ってこういう感じだったのか。
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からくりサーカスの出産シーンは確か時代がもうちょっと昔だったような気がするけど、あれも興味深かったのを思い出す。
きっととんでもない情報量をぎゅっと凝縮して今回の出産シーンが描かれているはずだ。
もう1話くらいまたがる形でじっくり描写してくれても良かったんじゃないかな。
でもゴールデンカムイはこのスピード感でここまで来た。これが良いんだと思う。
これから谷垣はこの金塊争奪戦への参加を継続するのかな……。
正確にはアシリパさんをフチの元に連れ帰ることが目的だったわけだけど、もうインカラマッと子供という守るべき対象が出来てしまったわけで……。
でも谷垣のことだからアシリパ探しを継続しそうだ。
結局今回だってフチに世話になってしまったし、何より谷垣はアシリパを連れ帰るという自らに課した任務を途中で放り出せるような男ではないと思う。
これから谷垣がどう行動するのか見守りたい。
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いご草ちゃんの顔
めちゃくちゃかわいい。
月島軍曹の記憶の中のいご草ちゃんはこんな顔で笑っていたんだな。
悪童の名を欲しいままにし、忌み嫌われていた月島にとってどれだけ大切な存在だったのか、この一コマのいご草ちゃんの表情から窺い知れる。
鯉登少尉に自分が鶴見中尉に狂信的なまでに従うその理由の根本を看破された月島軍曹は、自らいご草ちゃんの生死を確認すべくインカラマッに占いを頼もうとした。
その際の月島軍曹の今にも泣きそうな表情が胸にくる。これが心の鎧が剥がれた生身の”月島基”の姿なのだろう。
いご草ちゃんのことは常に気になっていたけど、でも月島軍曹にはその結果を受け入れる覚悟がなかったのではないか。
亡くなっていたらもちろん悲しい。
だがたとえ生きていたとしても月島軍曹は彼女の元に向かうことができるのか。うれしいだろうけど、多分結婚してたりするだろうし……。
多分亡くなっているんだろうけど、インカラマッの占いで改めてそれが確定したら月島軍曹はどうなってしまうんだ……。
今回の話ではインカラマッに陣痛が起き、そのまま出産という流れになってしまったので占ってもらえなかった。
しかし出産を終えた今、きっとインカラマッは暫しの休息ののち、いご草ちゃんの生死を知ることができるだろう。
彼女が生きていた場合、どこで生活しているか、おおよその位置まで占ってくれるはずだ。
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鯉登少尉の成長
鯉登少尉かっこいい。
もはやボンボンなどとは呼ばせない。月島軍曹の上官としての風格を感じた。
鯉登少尉は樺太で自分や父が鶴見中尉の利用されていたことを知り、一時は取り乱した。
しかし月島軍曹が言った「鶴見中尉殿の行く道の途中でみんなが救われるなら別に良い」という言葉を出して、鯉登少尉は自分と父が利用されていたとしても構わないと言った。
この何もかも呑み込んだ感じから、鯉登少尉が男として一回りでかくなったなー、と感じた。
その後、鶴見中尉と月島軍曹を見届けると言ったが、自分が納得する正義が一つでもあるかどうか、鶴見中尉の本当の目的も見定めたいとも付け加えている。
月島軍曹は鯉登少尉のそんな堂々たる姿に瞠目した。
だからこそ我々は谷垣とインカラマッを殺してはいけない、まだ遅くはないと月島軍曹を説得できたわけだ。
きっと鯉登少尉は入院中に色々と考えていたんだろうな。
月島軍曹に頼りがちだった男が上官としての威厳を示した。それが素晴らしい。
今後も鯉登少尉は月島軍曹と共に鶴見中尉に従うようだ。
だが今後の鶴見中尉の行動が目に余るようになっなら、鯉登少尉と月島軍曹は離反するのかもしれない。
231話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。
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第232話 家族
谷垣、漢泣き
我が子を胸に抱くインカラマッを涙を浮かべて見つめる谷垣。
「よく頑張ってくれたな…」
インカラマッに促されて赤子を抱く。
「俺に娘が…!!」
今度はブヒィッと泣き出すのだった。
鯉登少尉は谷垣とインカラマッを追ってコタンまでやって来た兵士に、鶴見中尉には黙っておくので、これまで通り問題なしと報告を続けるように命令する。
谷垣がコタンに戻っていていることに気づくオソマ。
「…谷垣ニシパ?」
「オソマ…元気だったか?」
しかしオソマは友達に呼ばれて、谷垣を置いて駆けだす。
感動の再会とはならず、谷垣は複雑な笑みを浮かべるのだった。
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鶴見中尉の目的
月島軍曹は、鯉登少尉が樺太でこれまで通り鶴見中尉に従うことを誓ったことに関して、あれが本心なのか、それとも単なる誤魔化しだったのかと問う。
好きに解釈しろと鯉登少尉。
そして自分には鶴見中尉が私欲や権力欲を行動の動機とするような人間には思えないと言って、月島軍曹に鶴見中尉の本当の目的について心当たりがひとつもないのかと問いかける。
「『本当の目的』などそんな物は無いかも知れません…」
そして月島軍曹は以前大小二つの指の骨を触っている鶴見中尉を目撃していたことを思い出す。
「指の骨を見たことがありますか?」
「誰の指の骨だ?」
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月島軍曹はその質問に答えない。
そして、関係無いかもしれない、と話を閉じるのだった。
「『同胞のために身命を賭して戦う』それが軍人の本懐だ! そうだろ月島」
そう言って鯉登少尉は鶴見中尉と、隣の軍人の顔に自分の顔写真を貼り付けたツーショット写真を見つめる。
「お前の鶴見中尉に対する姿勢は健康的ではない 私は鶴見中尉殿を前向きに信じる 月島はその私を信じてついて来い」
鯉登少尉の迷いなき言葉に、月島軍曹は笑顔を見せる。
鯉登少尉は自分の顔写真をハサミで加工し直したものを月島軍曹に見せる。
「こういうことだ月島…!」
「意味がわかりません」
即答する月島軍曹。
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「オレばっかり」
一週間後。
谷垣はインカラマッ、娘と共に馬に乗り、コタンを出ようとしていた。
鯉登少尉は谷垣に、逃げられたことにするから他の兵に出くわさないよう南へ向かえと助言する。
インカラマッは鯉登少尉に感謝を伝える。
そして月島軍曹にはいご草ちゃんについて自分が見たものを報告しようとする。
「必要無い」
手のひらをインカラマッに向けて制止する月島軍曹。
コタンを出発する谷垣。
「またフチに助けられた オレばっかり…」
複雑そうな表情で呟く谷垣を、インカラマッは何も言わずじっと見上げていた。
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札幌
菊田特務曹長と宇佐見上等兵は札幌に到着していた。
菊田特務曹長は、自分たちが斥候であると宇佐見上等兵に釘を刺し、鶴見中尉が札幌にやってくるまでは行動は慎むようにと続ける。
もたもたしていたら逃がすと宇佐見上等兵。
それに対し菊田特務曹長は、土方たちも札幌に来ている可能性がある以上、自分たちだけでは彼らに対応できないためだと言って、宇佐見上等兵に行動を慎むように指示するのだった。
「うおうッ 見ろよキラウシ 小銭が落ちてる」
宇佐見上等兵に背を向けて門倉がしゃがみこむ。
宇佐見上等兵はあたりをキョロキョロしてから、網走で死んだはずの門倉の声が聞こえた気がした、と呟く。
門倉は一銭を拾って喜んでいた。
そんな門倉に、今日だけはツイてるなお前、とキラウシ。
二人はすぐそばに宇佐見上等兵や菊田特務曹長が来ていたことに気付いていなかった。
尾形は土方に、札幌は殺人事件を捜査する官憲たちや花街に遊びに来た月寒の師団の兵士たちがいて、鶴見中尉たちが来ていてもおかしくないと呟く。
そして土方たちに、物売りに変装してみてはどうかと勧めるのだった。
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海賊房太郎
空知川流域のアイヌの集落に到着した杉元たち。
変な刺青の砂金の話をする和人が来なかったかとアシリパの問われたコタンのおじさんは、歌志内の炭鉱の方でそんな男を見たという話を聞いたと答える。
杉元は、それが海賊房太郎だと確信する。
おじさんは、その男が『物売り』としてアメなどを売っていたそうだと続ける。
その頃、歌志内にある炭鉱の町には、おどけた扮装をして飴を歌で売る男がいた。
味見をしないかと少年を呼び寄せ、男がその手に乗せてあげたのは石炭。
「アハッアハッアハッッ!!」
男はシュンとしている少年を指を指して笑う。
「その顔ッ!! いい顔するねッ」
失望している少年に謝り、男は飴より良いものをあげると森の方へと少年を誘う。
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第232話 家族の感想
乗り越えた鯉登少尉
鯉登少尉は自分や自分の父を騙した鶴見中尉にこのまま従い続けることへの迷いを自分で乗り越えたようだ。
確かに鯉登少尉が言うように、鶴見中尉の行動には醜い欲望が見えてこない。
そして鯉登少尉は月島軍曹に、鶴見中尉の真意は見えないものの少なくとも彼の行く末を見届ける価値はあるものとして、前向きに鶴見中尉を信じていくと宣言した。
恐らく鯉登少尉の心の中で激しく生じていたであろう葛藤を、彼は自ら乗り越えた。
月島軍曹にとって、それはうれしかっただろうな。
また、だからこそインカラマッのいご草ちゃんについての報告を聞く必要がなくなったのだろう。
月島軍曹は、もはや鶴見中尉のことを見届けることに迷いがなくなった鯉登少尉についていくことを決めた。
だからもし、いご草ちゃんが鶴見中尉の言うように生きていたとしても、逆に月島軍曹が恐れていたように以後草ちゃんが死んでしまっていたとしても、月島軍曹にはもう関係がないのだろう。
強い絆を感じる。
つくづく鯉登少尉と月島軍曹は素晴らしいコンビだ。
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鶴見中尉の持っている指の骨
大きいものと小さいもの一つずつの指の骨。
これは鶴見中尉がかつてロシアで長谷川幸一という名でスパイとして活動していた頃に娶った妻フィーナと、授かった娘オリガの指の骨だろう。
ひょっとしてこのフィーナとオリガの弔い合戦的な動機なのかな……。
勝利したはずの日露戦争について、十分な勲功を受けられない軍人たちをまとめ上げて北海道独立を目指しているというのはもちろん鶴見中尉の目指すところなのだと思う。
しかしその裏にもっと身近で、等身大な動機があるとしたらフォーナとオリガのことではないか?
鶴見中尉の真意を知るその時まで色々と妄想を続けたい。
そしていよいよ、札幌では鶴見中尉、土方、囚人でバトルロイヤル開始が近い。
歌志内では杉元と海賊房太郎? いや別人なのか……? おそらくは囚人の一人との対決が待っているっぽい。
いよいよ激突の時は近い。楽しみだ。
以上、ゴールデンカムイ第232話のネタバレを含む感想と考察でした。
第233話に続きます。