第216話 謎の白い熊
目次
前話第215話 流氷の天使のあらすじ
追跡
試しにクリオネを啜ってみる白石。
「臭いッ」
即座に吐き出す。
杉元たちは流氷の上を歩き続けていた。
船で稚内に先回りしているであろう鶴見中尉たちの裏をかくべく、杉元たちは出来るだけ遠回りして北海道へ向かう。
「気をつけろ みんな絶対に海に落ちるなよ」
そんな杉元たちの後を、一定の距離をおいてシロクマが音もなく追いかけていた。
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反対する菊田特務曹長
第七師団は杉元たちを完全に見失い、今後どうするか話し合っていた。
宇佐美上等兵はアシリパの親族を殺すと言って、アシリパ達を脅すことを提案する。
そんな宇佐美上等兵の意見を、脅迫は相手が逃げる前にしないと成立しないと諫めるのは菊田特務曹長だった。
わかってますようるさいな、と宇佐美上等兵はうるさそうに眉をひそめる宇佐美上等兵が次に提案したのは、新聞で祖母の死亡広告を出すことだった。
自分達と同じくアイヌの金塊を狙ったり、囚人に違法に苦役を強いていた網走監獄の看守と違い、罪のない婆さんを見せしめで殺すのは反対だと菊田特務曹長。
鶴見中尉はそんな菊田特務曹長に無言で見つめる。
嘘の広告を出せば、こちらの意図は伝わると宇佐美上等兵。
「あの娘に迷いがあって覚悟が決まっていないのならば…脅迫に従うかもな」
そう言って鶴見中尉はフゥ、とひとつため息をつく。
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流氷を行く
杉元たちはひたすら流氷の上を歩いていた。
「…こうするしかなかった」
アシリパは、金塊はアイヌが自分たちのために集めたものなのに、鶴見中尉に金塊が渡ればアイヌのために使われないから、と杉元に確認するように、自分を納得させるように呟く。
「そうだろ? 杉元…」
使う気はないだろうな、と杉元。
そして昨夜白石が月島軍曹と鯉登少尉の会話を聞いていたらしいと続ける。
白石は、ほとんどその内容はわからなかったものの、鶴見中尉たちによる北海道独立は手始めであり、アイヌの金塊で政権転覆と満州進出まで視野に入れているのがわかったと説明する。
アイヌと同じ日本人として大国ロシアと戦った仲間である以上、第七師団にとってアイヌの独立は問題外なのはしょうがないと杉元。
白石は、国家存亡というより、ロシアで懸命に戦ったにもかかわらず報われなかった自分たち屯田兵のために金塊が欲しいのだと返す。
「正直俺は…アシリパちゃんが引き渡されなくてざまあみろと思ったね…じゃなきゃキロランケが死んだのは何だったんだって……」
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「キロランケニシパはアイヌでも和人でもないのにどうして戦争なんか行ったんだろうか」
アシリパの質問に、うーんと唸る杉元。
杉元と白石は、キロランケが北海道に来た後の行動を整理する。
北海道へ潜伏するためにアイヌになりすましたキロランケ。
結婚して戸籍をとった後、ウイルクとは何かがあって別れてしまい、ウイルクは行方不明に。
キロランケの極東民族独立の思いを成就する機会がないまま、日露戦争が起きた。
兵役拒否により取り調べを受けることを避けるため、黙って出征するしかなかったのではないかと白石。
「『せめて今自分に出来るやり方で帝政ロシアと戦い続けよう…』『ひとりでも多くロシア人を殺してやろう』って」
黙って聞いていたアシリパの表情が険しくなっていく。
(戦争で殺し合って物事を解決するのはとても手っ取り早くて簡単なことだ)
杉元も口を閉ざしていた。
(アシリパさんの選ぼうとしている道の方が遥かに…遥かに困難な道なんだよ)
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男の人
月島軍曹は樺太の大泊で第七師団兵の死体を発見していた。
死体の場所を聞いた子供たちに、死体を運んでくれる人と死体を運ぶための戸板を持ってきて欲しいと頼むが、すぐに子供を呼び止めて問いかける。
「誰が軍服を脱がせた?」
子供たちは死体から軍服を脱がせた「男の人」について話し始める。
死体の前に立ち、子供たちに連絡船の位置を聞いた「男の人」は一言ぼそりと呟く。
「…手練れだな」
そして「男の人」は死体から軍服を脱がせていく。
どうして脱がせるのかという子供に、「男の人」は、もう使わないだろう? と答える。
「この銃だって…自分がブッ壊れるまで人を撃ちたいはずだ」
そう言って、死体から銃を取り上げたのは尾形だった。
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アシリパの覚悟
杉元たちはひたすら流氷の上を歩く。
最後尾の白石にはシロクマが迫っていた。
杉元はアシリパにキロランケの死に際、何と言ったのかと問いかける。
一向に答えないアシリパの様子から、杉元は直観していた答えを口にする。
「ひょっとして暗号を解く鍵がわかったんじゃないのか?」
「……うん」
脳裏に一瞬ウイルクの顔が思い浮かんだあと、素直に肯定するアシリパ。
その間も、シロクマは接近していた。
「ホントかよ…」
驚く杉元。
「それは……何だったの?」
「それは………」
「いや…」
言いよどむアシリパの様子を受け、アシリパさんに任せるよ、と杉元は笑う。
「その時が来たら教えてくれ」
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アシリパは、杉元が暗号の解読法を知ったらアシリパを置いて一人で金塊を探しに行ってしまうから、まだそれを言う時ではないと考えていた。
(魂が抜けるまでひとりで戦って傷つくんだろう)
暗号の解き方を教えない事で杉元はアシリパの元から離れない。そうすれば、第七師団は暗号解読の鍵を知るアシリパを殺せない以上、杉元の弾除け、強力な盾となることが出来る。
(そしていざとなれば――そう…「道理」があれば私は杉元佐一と一緒に地獄へ落ちる覚悟だ)
アシリパは密かに、そう心の準備をしていた。
「うおわぁボゴボゴッ」
白石はシロクマに圧し掛かられ、うつ伏せに倒れていた。
流氷と流氷の間にある海水に顔が浸かってしまい、パニック状態になっている。
「ええ~~~!?」
あまりにも突然の事態に驚く杉元、アシリパ、ヴァシリ。
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海に沈んでいく白石。
その口中にクリオネが吸い込まれていく。
「シロクマがなんでこんなところに!?」
「いつの間にこんな近くまで…全然気づかなかった」
銃に巻いていた布を取り外す杉元。
「ぶふぁ づめだいッ」
海面から顔を出し、流氷に掴まる白石。
「よかったシライシ 無事か!!」
白石の気配にアシリパは振り返る。
「お…おいシライシ! 鼻からクリオネ出てるぞ!!」
真剣な表情の白石の左の鼻の穴から、先ほど口中に吸い込んだクリオネが顔を出していた。
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第215話 流氷の天使の振り返り感想
「道理」があれば杉元と一緒に地獄に落ちる
戦うことなどせず、ヒンナヒンナしていて欲しいという杉元の望みをよそに、アシリパさんは少女らしからぬ苛烈な覚悟を以て杉元と運命を共にすることを決めていた。
「地獄に落ちる」――。
これは間違いなく、これまで避けていた人殺しも辞さないということだ。
アシリパさんは賢いから、自ら拡大させた戦火に巻き込まれる人を出すというところまで含めた覚悟だと思う。
確かに父やキロランケの意思を受け継ぎ、金塊を鶴見中尉に渡したくないという想いはある。
でもそれ以上に、アシリパさんはきっと、金塊のために死の危険に簡単に飛び込んでいく杉元を守りたいのだと思う。
アシリパさんからすれば、戦地から戻った後も金塊争奪戦に参戦して多くの敵を殺し、逆に命を狙われ続ける杉元の姿は、きっと地獄でもがいているようにしか見えないのであろう。
今、アシリパさんは暗号を解く鍵を唯一知る立場を最大限に活かし、その身を挺することで、杉元の盾として機能している。
賢いし、非常に健気な行動だが、それは果たして杉元のためになっているのか……。
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確かにアシリパのそうした献身がなければ、先の第七師団からの逃走はあり得なかった。蜂の巣にされて死んでいただろう。
しかし杉元のことを自らの命を張ってでも守ろうというアシリパさんの選択が、やがて杉元が避けたかったアシリパまでもが自分と同じ地獄へ落ちるという結果に繋がっていく。
それを杉元は決して望まないだろう。
「『道理』さえあれば」と前置きしていることから、まだアシリパさんがその行動を具体的にとることはないだろう。しかし今後、杉元が窮地に陥ることがあれば、いよいよアシリパさんの矢は敵の命を断ち切るのかもしれない。
その時、アシリパさんは杉元と同じ立場になる。いや、それどころかもっと大変な立場になっていくのではないか?
金塊争奪戦を発端に、少数民族の独立の象徴として、より激しい戦いに身を置く事になりそうな気がする……。
今後、アシリパさんの覚悟の先に待つ未来は一体……?
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菊田特務曹長の良心
現状、菊田特務曹長は月島軍曹に次ぐ第七師団の良心だな。
ちょっと前にはなるが、第七師団を裏切った有古一等卒に対する態度にも情が垣間見えたし、今回、フチを人質に脅そうという宇佐美上等兵の提案にも即反対した。
鶴見中尉はアシリパに覚悟がなければそれも有効だろう、と人質をとって脅すという手段自体は否定していなかった。
杉元たちを見つけるよりも誘き寄せることが出来れば、それが遥かに効率は良い。
だからもし菊田特務曹長がこの場にいて明確に反対しなければ、とりあえずその手段が実行されていたかもしれない。
もし仮にこの作戦が実行されていたら、アシリパさんはどうしたかな……。
まぁ、助けに行くだろうな。
鶴見中尉が言う「覚悟」とは、つまり今回アシリパさんが言っていた「覚悟」と同じ内容を指していると思う。
まだアシリパさんには「覚悟」はない。「『道理』があれば」「いざとなったら」と心の準備はしているが、まだ覚悟を持つには至っていない。
菊田特務曹長の反対はアシリパさんを救ったと思う。
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月島軍曹の今後の行動は?
月島軍曹はすでに鯉登少尉を医者に任せたと思われる。
鯉登少尉が胸に致命傷ともとれるような重傷を受けた際、月島軍曹は全く慌てた様子を見せなかった。
だから今回の月島軍曹の落ち着いた様子から、鯉登少尉の命が助かったのかどうかはまだはっきりと判断がつかない。
おそらく大丈夫だから月島軍曹はのんびりと死体を片付けていたのだと思う。
鶴見中尉の行く末を見届けたいと言っていた月島軍曹だが、重傷を負った鯉登少尉への彼のあまりにも冷淡な態度を見て、考え直したかもしれない。あの時、鶴見中尉を睨む月島軍曹の視線は敵意を含んでいたように見えた。
ひょっとしたら今後、杉元たちに手を貸すことになったりして……。
そもそも鯉登少尉の心には鶴見中尉への不信感が育ちつつあった。
月島軍曹の脅し半分の説得により鶴見中尉への忠誠を態度で示す鯉登少尉だったが、それは明らかに自分の心を圧し殺し、演じたものだった。
鯉登少尉は鶴見中尉に自分の運命が弄ばれたことだけではなく、父が騙され、利用されていることに対する確かな怒りがある。
そんな鯉登少尉が鶴見中尉から離反すれば、月島軍曹は彼についていきそうな気がするが……。
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鶴見中尉を失脚させることが出来ればいいのだが、それは殺すことよりも難しいだろうな。
月島軍曹は逃走する杉元を撃った。しかしその際の彼の態度からは、杉元を殺すことへの躊躇いが読み取れた。
樺太の旅を経て、明らかに杉元に対して情が移っていると思う。
かつて杉元と一緒に北海道を旅していたにもかかわらず、そのゴールである網走監獄において、何の躊躇もなく杉元の頭を撃ち抜いた尾形に比べればその違いは明らかだ。
これまで通り鶴見中尉の命令を受けて第七師団の一員として行動しながらも、杉元たちに情報を流したりして陰で支援するとかなら可能か。
ただ、鶴見中尉のことだから、実はその可能性も見越したうえで月島軍曹と鯉登少尉には監視がついていたりしてもおかしくない。
色々妄想したが、月島軍曹と鯉登少尉がこのまま鶴見中尉に樺太に渡る以前と変わらない忠誠心と態度で接することが出来るとは思えない。
今後、何かしら月島軍曹と鯉登少尉のアクションがあるかもしれないので注視したい。
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尾形登場
尾形が大泊に出現するタイミングが良すぎる。
これはおそらく、杉元たちを尾行していたかな?
尾形ほどのスナイパーであれば、敵に気配を悟らせないことは得意技だろうから十分に考えられることだと思う。
目を失ったし、死に瀕していたであろう身体も、まだ回復し切ってはいないだろう。
だから戦うつもりなど毛頭なかったが、杉元と鶴見中尉の動向は密かに探っていたのではないか?
第七師団兵の死体から、連絡船の停まっていたところまでの距離から手練れの技だと看破したのはさすが。
しかしそれがまさか、自分を追跡しているヴァシリによるものだとは思っていないだろう。
今回、第七師団の軍服と、使い慣れた銃を得た尾形からは、金塊争奪戦から退く様子は全く見られない。
利き目を失い、尾形の武器である狙撃は出来ない状態なのに……。
尾形の目的は何なのだろう。
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元々の目的に加えて、右目を奪ったアシリパに対する復讐もあり得る。
尾形からは生きる喜びが感じられないんだよな……。
ひょっとしたら金塊争奪戦に関わって因縁を増やしてより深く戦いに関わっていくことが、彼にとっての「生の実感」なのかもしれない。
杉元たちと北海道を旅していた頃は、なんだかんだで楽しそうにも見えたのに……。
あの頃は心強い味方だったっけ。懐かしい。
そして、もうその頃の尾形に会うことはない。
その代わりに、現状では杉元たちの最大の敵になることもあり得るわけだ。
メインキャラであるキロランケが帰らぬ人になってしまったように、物語がダイナミックに動き続けているのを感じる。
果たして次に登場する時、彼はどういう動きを見せるのだろうか。
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シロクマとの戦い
シロクマってこんなに静かに獲物に襲い掛かるものなのか……。怖すぎ。
流氷の上なら大して足音もしないだろうし、そもそも割れた流氷がひしめき合う音の方が目立っていたことだろう。
動物が人を襲う時、変に騒いだりはしないはずだから襲われるまで気づかないのも無理はない。
持ち前の運の良さからか、突如シロクマに襲われたにもかかららず白石は逃げることが出来た。
しかし何とかシロクマから逃れるも、氷河の浮かぶ海水に落ちてしまった。
このままでは体温を奪われて死ぬ危険があると思う。
しかしそんなことに頭を回す暇はない。
目の前のシロクマを何とかしなくては……。
ヒグマと同様に人間よりも足は速いだろうから、逃げられない。
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これはもう、戦うしかないだろう。
ヴァシリや杉元の銃は、それこそ目にでも当てない限りは役に立たないはずだ。
杉元の武器としては、まだ銃剣の方が有効か。
おそらくこの事態を打開する可能性が最も高いのはアシリパさんの毒矢だろう。
アシリパさんはこれまで猟でヒグマを狩ってきた。
シロクマを狩ったことがあるかどうかは不明だが、このパーティの中で最も熊との戦いに慣れている。
果たしてこの事態をどう打開するのか。
215話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。
第216話 謎の白い熊
シロクマの価値
杉元たちは、いつの間にか間近に迫っていたホッキョクグマと対峙していた。
アシリパは目の前のシロクマは、穴ごもり出来なかったマタカリプである可能性があると冷静に分析する。
そして腰の矢筒を探り、矢を一本でも残しておけば、と悔しそうに呟くのだった。
クマと戦うとアシリパの前に出る杉元。
アシリパはシロクマを観ながら、こんな綺麗な白い毛のキムンカムイは初めて見ると呟く。
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「この毛皮…ものすごく高く売れるんだろうなぁ…」
シロクマを値踏みするアシリパの迫力に杉元はぎょっとしていた。
アシリパからシロクマの毛皮に価値があると聞き、いくらくらいかとすかさず白石が反応する。
「シライシ静かに…」
杉元は、銃を当てにくくなるからクマを興奮させるなと白石を諫める。
「…で おいくらくらい?」
しかし杉元も、興奮を抑えつつもアシリパに質問をするのだった。
アシリパは普通のヒグマの毛皮が1枚4円、白い毛皮となればその何十倍にもなるかもしれないと表情を強張らせる。
4円というお金は、当時の価値としては米一俵を買える大金だった。
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毛皮に傷をつけずに狩る方法
杉元たちの会話をよそに、ヴァシリは一人、銃で熊との臨戦態勢に入ろうとしていた。
その気配を受けてシロクマは興奮し、思わず流氷から足を滑らせ、海に落ちてしまう。
杉元は、この状態シロクマを倒したら毛皮を剥ぐ暇もなく海中に沈んでしまうとヴァシリに撃たないよう命じる。
うんうんと素直に杉元の指示に頷くヴァシリ。
しかし指示を全く把握していなかったヴァシリは、すぐさまシロクマに照準を合わせる。
「バーンしたらブクブクだ」
なんとかわかりやすく伝えようとする杉元。
「バーンでブクブクだ わかるか?」
杉元はヴァシリに、シロクマの毛皮が獲れたらしばらく路銀に困らない、とヴァシリに言い聞かせようとする。
しかし杉元の言葉は通じず、あくまでシロクマに向けて銃を構えようとするヴァシリに、思わずキレる杉元。
アシリパは、毛皮を傷つけないように一発でクマを仕留めるように杉元に声をかける。
傷がなければ高く売れるのかと問う杉元に、アシリパは、こんな白い皮はめったにないから、と肯定する。
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杉元は再び問う。
「じゃあ『一つも弾キズのない毛皮』なら?」
そんなこと出来るはずがない、と言いながらも、アシリパは生唾を飲み込む。
「そんな毛皮…とんでもない値段で売れるぞ」
やりとりを聞いていた白石が、そんなの不可能だ、と声を上げる。
「ましてや射撃の下手な杉元なんかに…不可能に決まってる!!」
何とか毛皮を傷つけない方法で狩る方法を考えていた杉元は、目や鼻から脳を撃ち抜く方法をアシリパに提示する。
しかしアシリパはいずれの方法もかえって傷が目立ってしまうと答える。
特に鼻に関しては毛皮の価値が半分以下になるのだった。
口を開けた時に脳か心臓を狙うと言う杉元に、すかさず、後頭部や胸を突き破るに決まっている、とアシリパが応じる。
「一か八かやるしか無い」
杉元は意を決して、海に浮かぶシロクマに向けて銃を構える。
「さっさと上がって来いシロクマ!!」
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毛皮に傷をつけずにクマを斃す方法
シロクマは、杉元の乗っている流氷に手をかけて海から上がろうとする。
その瞬間、シロクマの重量を受けて、杉元ごと持ち上る流氷。
「うおわッ」
杉元はまるで放り投げられるようにシロクマを飛び越えて、対面にあった流氷に着氷する。
すぐに起き上がった杉元の視界に飛び込んできたのはシロクマのお尻だった。
次の瞬間、杉元の脳裏に、若山親分と姉畑先生の姿が思い浮かぶ。
長ドスをヒグマに突き立てて斃した若山親分。そしてヒグマ相手に自分の思いを遂げた姉畑先生。
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杉元は狙いを定め、気合とともにシロクマに銃身を突っ込む。
「クチはクチでも下のクチだッッ!!」
そのまま、シロクマの心臓を撃ち抜くのだった。
杉元は見事、シロクマを毛皮に傷一つ負わせることなく仕留めることに成功した。
その一部始終を見ていた白石は興奮していた。
「やった!! 杉元の野郎やってのけやがった!!」
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しかし、第七師団により全身に傷を負っていた杉元は、とうとう力尽きたようにその場に倒れるのだった。
「へへ…やったぜアシリパさん」
アシリパは杉元の身体を支えながら呟く。
「ムチャしやがって お前のほうが穴だらけなのに……」
白石は、仕留めたシロクマを乗せた流氷がどんどん自分達から離れて流されていることに気付く。
杉元たちはそれをただ見ていることしかできなかった。
ヴァシリの様子がおかしいことに気付く杉元たち。
ヴァシリは、近くに人が乗った小舟があることに気付いていたのだった。
乗っているのはアイヌらしき人物で、こちらに手を振っている。
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北海道
杉元たちはアイヌのおじさんが操る小舟に同乗していた。
おじさんは杉元たちの話を聞いて、今から戻って、仕留めた白い熊を探しに行くかとアシリパに問う。
しかしアシリパは杉元の容態が良くないため、シロクマは諦めて、杉元を休ませたいと答えるのだった。
アイヌのおじさんは杉元たちに、何十年か前に自分たちの村の男たちが白い毛の子熊を見つけた話をし始める。
白い毛の熊を特別なカムイだと喜び、村に連れ帰って熊祭りで送ろうとした。
しかし白い毛の熊がいるという噂を聞きつけた役人が、熊を連れて行ってしまったのだという。
「一緒にいた子熊の兄弟は黒い毛だったので白い毛で生まれたヒグマだった」
「白いヒグマが偶然『マタカリプ』になってなぜか流氷の上をうろついていたのか」
おじさんの話をじっと聞いていた杉元がぽつりと呟く。
「はるばる北極圏から流れ着いたホッキョクグマなのか……どっちだったんだろうな…」
アシリパは笑顔になって、遠くを指を差す。
「みんな…!! 北海道にもどってきたぞ」
指差す先には陸地が見えていた。
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「生きちょりゃよか」
数日後、鯉登少尉は、父の船に乗せられていた。
「情けんなか…」
ハンモックに身体を横たえ、力無く呟く鯉登少尉。
そばに立って息子の呟きを聞いていた鯉登少将は、キョロキョロと周囲を見回す。
そして誰もいないことを確認してから、息子に声をかける。
「生きちょりゃよか」
その目は真っ直ぐ鯉登少尉を見ていた。
月島軍曹は甲板に立って、海を見つめていた。
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第216話 謎の白い熊の感想
鯉登少尉は目を覚ましたか?
鯉登少尉が生きていた。
それは良いけど、まだ鶴見中尉に忠誠を誓い続けるのか?
というか、誓い続けられるのか?
すでに鯉登少尉は鶴見中尉が自分と父を騙していることを確信していた。
その上で、月島軍曹に脅し半分の説得の受けて、以前の鶴見中尉に心酔する自分を演じようとしていた。
でももうそれも無理だろう。
もし鯉登少尉が重傷を受けて倒れた際、鶴見中尉が見せた冷酷な態度に気付いていたなら、さすがにもう以前の様に鶴見中尉に従うことは出来ないと思う。
人には、頭の中ではそうしようと思っても、身体が拒否する状態ってあると思う。
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鯉登少尉にそれが表れるのではないか。
何しろ父まで騙していたからな……。
正確には、父と父の船を自分のコマとして動かすために、その息子である鯉登少尉を懐柔したわけで……。
さすがに鯉登少尉もそれに気づいただろう。
だから騙された怒りもあるけど、なにより、大切な父を守ろうとするのではないか。
このままではいつか大切な父も、鶴見中尉が自分にしたように冷酷に、使えなくなったコマの一つとして冷たく打ち捨てられる時が来るかもしれない。
鯉登少尉の性格を考えると、きっと居ても立ってもいられないんじゃないだろうか。
鯉登少尉が杉元に刺された後、迅速に医者に診せることが出来た月島軍曹とともに、今後鯉登少尉が鶴見中尉たちと袂を分かつ日が来るような気がしてならない。
今後の鯉登少尉と月島軍曹の動きには注目したい。
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杉元おかしい(笑)
杉元が閃いた、シロクマの毛皮を傷つけずに仕留める策にも笑った。
確かに若山親分はヒグマを見事に仕留めた。
でも姉畑先生は違うだろう……。
確かにある意味では仕留めたのかもしれないが、結局、姉畑先生は死んだ。
しかし、なぜ関連付けているのかといえば、杉元の中では姉畑先生はヒグマに勝っていたからだと思う。
姉畑先生がヒグマに対して思いを遂げたあの瞬間、杉元は感心していたっぽいからな……。
杉元はおかしい(笑)。
アイヌのおじさんの小舟に拾われて、ようやく北海道に到着した杉元たち。
しかし安心している暇は一瞬も無い。
鶴見中尉の指揮により、すでに沿岸部には第七師団が網を張り巡らせている。
北海道に上陸後、いつ第七師団と接敵してもおかしくない。
これから第七師団と戦いつつ、刺青人皮収集と暗号解読を行っていくのか。
とりあえず次回が楽しみだ。
以上、ゴールデンカムイ第216話のネタバレを含む感想と考察でした。
第217話はこちらです。