第215話 流氷の天使
目次
前話第214話 雷型駆逐艦VS樺太連絡船のあらすじ
駆逐艦による追跡
爆発に驚き、甲板に出る乗客たち。
駆逐艦を指揮する鯉登少将は、連絡船に向けて発光信号を打つ。
鶴見中尉は不敵な笑みを浮かべて、鯉登少将の背に張り付くように立っている。
『直チニ期間ヲ停止セヨ』
連絡船の船長は、駆逐艦からのメッセージに戸惑っていた。
「止めるな」
船長に銃を突きつける杉元。
杉元は彼らの目的はアシリパだから撃沈されることはないと言って、全力で進むように命令するのだった。
いやいや、と船長。
まだ距離は駆逐艦と5000メートル離れているが、向こうの方が遥かに早いのですぐに追いつかれると船長に説明された杉元は、視界に入った流氷を突っ切って、それを越えた海に出ることで時間を稼ぐように促す。
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流氷に突っ込んだら沈没する、と反対する船長。
どこか流氷の薄いところを行けと食い下がる杉元に、どこも幅100メートルはあり、さらにこの時期は稚内まで流氷の帯が伸びていると船長は必死に説得を続ける。
杉元は双眼鏡で流氷を観察した後、速度を落として船首を流氷の帯に向けるよう命令する。
その通りに動き始めた連絡船。
東へ逃げようとする連絡船の行く先を阻むようにという鯉登少将の命令で、駆逐艦の艦砲射撃が行われる。
射撃は連絡船の行く先の海に落ち、大きな水柱が上がる。
艦砲射撃は海ではなく、流氷にヒットしていた。
流氷の帯が砲撃より粉砕され、途切れている。
「やったッ 読み通り!! 逃げた鼻っ面めがけて脅しで撃ちまくると思ったぜッ」
さすが杉元、と白石。
「脅し行為に造詣が深い」
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アシリパの妙案
連絡船は流氷の途切れたところへ向けて速度を上げていく。
その速度に悠々とついていく駆逐艦。
鯉登少将はアシリパが盾になっていることで艦砲射撃を舐めているので、急いで連絡船に追いつき、追い抜いて、駆逐艦の船体で連絡船の行く手を阻もうとしていた。
しかし連絡船は既に流氷の向こうに行っていた。
駆逐艦の前には流氷の帯がある。
駆逐艦では、連絡船がどうやって流氷の向こうに行ったのかと戸惑いが広がっていた。
駆逐艦が流氷の切れ目を探そうとしている間、連絡船はどんどん距離を離していく。
モタついてるみたいだ、と白石。
杉元は、流氷が動いて割れ目が塞がったのでは? と笑う。
「よしよしいいぞ 逃げ切れるッ」
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「さきほどの艦砲射撃が逃げ道を作ったのでは?」
鯉登少将の背中にピタリと張り付いていた鶴見中尉が囁く。
その助言を受け、鯉登少将は駆逐艦の砲塔を流氷に向けて、一斉に射撃を開始するのだった。
流氷が艦砲射撃で砕かれている様子は連絡船からも分かるくらいだった。
追いつかれるのも時間の問題と焦る杉元と白石。
「………よしッ」
アシリパは白石に着いてくるよう促しつつ客室に降りていく。
「白い布を集めるぞ」
各客室からシーツを集めていくアシリパたち。
白石はアシリパの行動の理由が分からず、白旗でも上げるのかと困惑するばかりだった。
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逃走
駆逐艦は、連絡船が停止したあと回頭して向かってくるのを確認していた。
流氷で行き止まりだったので観念したかと鯉登少将。
連絡船は駆逐艦の横にピタリと停泊する。
「出てこい杉元佐一ッ」
菊田特務曹長が銃を向ける。
「さっき降りたぞ」
船長が両手を上げて船室から姿を現す。
「降りた?」
宇佐美上等兵もまた鶴見中尉の隣で船長に向けて銃を構えていた。
鶴見中尉はすぐに双眼鏡で連絡船の船体を確認する。
嘘をつくなと菊田特務曹長。
「短艇が全部あるじゃねえか!!」
船体を探すべく、第七師団兵が連絡船に乗り込んでいく。
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どこかに隠したのかと問われ、そんな義理は無いと必死な船員。
向こうで停泊した際、彼らは勝手に降りて行ったと続ける。
「流氷の上を歩いて逃げてったんだよ!!」
杉元たちは白い布に身を包み、流氷の上を歩いていた。
白い布で流氷と一体化したことにより、駆逐艦からは杉元たちの姿を捉えることが出来なかった。
降りたのは嘘かもしれないと船内を探すようにと他の兵に指示する菊田特務曹長。
鯉登少将は鶴見中尉に、流氷の動きが早く、駆逐艦が囲まれてしまった場合最悪閉じ込められてしまうので今すぐここを離れなくてはならないと進言する。
「はい…」
鶴見中尉はそう返事せざるを得なかった。
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明らかにがっかりしている鶴見中尉に宇佐美上等兵が杉元たちを追いかけると申し出る。
鶴見中尉は連絡船が大泊を出発した付近に第七師団兵が倒れていたことから、杉元たちの中に長距離狙撃が出来る人間、つまり月島軍曹から聞いた情報からロシアの脱走兵がいるらしいと気付いていた。
よって、流氷原では良い的になってしまうと追跡の申し出を断るのだった。
陸兵は全て駆逐艦から連絡船に移り、稚内へと向かうことに。
陸兵たちは稚内に着いたら南下してオホーツク沿岸の集落を捜索するようにと鶴見中尉から指示を受けるのだった。
「ゆっくり話したいことがあったんだがな…」
鶴見中尉は杉元たちが逃げて行った方角に向けてぽつりと呟く。
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獣
一方、流氷の上を進んでいた杉元たちは駆逐艦が去っていくのを確認して喜んでいた。
この時期は流氷が北海道の海岸まで続いているらしいと杉元。
白石は、連絡船に乗っていたなら2時間の道のりだったはずなので、徒歩でも辿り着けるだろうと楽観的な見通しを語る。
そして、ほっとしたらお腹がすいたと腹を鳴らすのだった。
トッカリ(アザラシ)なら氷の上で寝てるかもしれないと杉元にも探すように促すアシリパ。
魚で良いんだけどな、としゃがみこんだ白石は、海水の中に何かがいることに気付く。
「なんかカワイイ!!」
「クリオネだ!!」
雑誌で見たことがあると杉元。
”流氷の天使”と呼ばれている、ハダカカメガイという貝殻の無い貝の仲間だと解説する。
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ナメクジの仲間じゃん、と白石。
クリオネを食べる方法はないのか、と問われたアシリパは、ない、と即答する。
「私達はこの生き物を食べないからアイヌ語の名前もない」
それを聞き、食べない生き物は名前もつけてもらえないのね、と杉元が呟く。
可愛いんだからつけてあげて~? と白石。
筏の要領で流氷に乗り、楽しそうに進む杉元たち。
フンフン。
杉元たちの臭いをキャッチしたのか、流氷原を歩くシロクマが鼻を鳴らす。
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第214話 雷型駆逐艦VS樺太連絡船の振り返り感想
鯉登親子を利用する鶴見中尉
駆逐艦を指揮しているのは鯉登少将!
完全に鶴見中尉は彼を上手い事利用しているなぁ、と思った。
彼の背中にぴったりと寄り添う鶴見中尉があまりにも邪悪だと感じた。
操っている感がバリバリで恐ろしい。
ついさきほど、杉元の銃剣を胸に食らい命の危機にある鯉登少尉を冷たく一瞥していたことを知っているからこそ、余計にそう感じる……。
鶴見中尉はとことん自分の野望の成就にしか関心がないようだ……。
鯉登少尉が息も絶え絶えの現場を見た後なのに、こうも罪悪感もなく彼の父親を操れるものなのか?
鶴見中尉にとことん利用されている鯉登家が、本当に憐れに感じてしまう。
それとも、実は読者が知らないだけで、鯉登家は鶴見中尉から特別に何か恩恵を受けているということのなのか?
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鶴見中尉の国家建設の野望を手伝っているから、それが成就した際には大きな恩恵を受けられるのか?
鶴見中尉が北海道に新国家を建設しようとしていることはすでに第七師団は知っていたはず。
鯉登少将もまた、それを積極的に手伝っている自覚はあるということだろう。そうじゃないとここまで駆逐艦を動かすような、規模の大きな軍事行動に踏み切れない……。
鶴見中尉に恩があるとはいえ、独立という日本国に背く行動を自覚的にとっているのか……。それとも鶴見中尉がここまで見事に騙しきっているのか。
鯉登少将の迷いのない表情から、鶴見中尉の野望成就を望んで手伝っているようにしか思えない。
鯉登家は親子ともども、完全に鶴見中尉に騙されている。
鶴見中尉の鯉登少尉に対するスタンスは、瀕死の彼に一言も声をかけず、冷たく一瞥しただけだったことから単なる手駒に過ぎないことが明らかになった。
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仲間ではなく、野望を達成するための道具に過ぎない。壊れればそれまで。
鶴見中尉にとっては鯉登少将と、彼が操る雷型駆逐艦こそが本命だったわけだ。
鯉登少尉は鶴見中尉が自分と父親を嵌めたことに薄々勘付いていた。
月島軍曹の説得(というか脅し)により鶴見中尉へ詰め寄ることを止めたものの、杉元に胸を刺され薄れゆく意識の中、今回の鶴見中尉の自分に対する冷たい態度を覚えていたとすれば、今後、鯉登少尉が鶴見中尉から離反する可能性がある。
その際、父親も説得するかもしれない。
そうなれば駆逐艦は動かせなくなる?
それに月島軍曹も一緒かもしれない?
第七師団兵たちの鶴見中尉への忠誠心は相当なものだけど、鶴見中尉に騙されていることを自覚しだした鯉登少尉は今後どうなるのか。
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まさか鯉登少尉が、こんな形であっさりと死にはしないはず……。
あと、鶴見中尉がアシリパさんと「ゆっくり話したかった」こととは何なのか?
なんだかこの感じは、アシリパさんだけが知る暗号の鍵についてだけではない感じがする。
もし他に聞くことがあるとすればウイルクについてなのかな?
過去、写真館を運営していた頃に、ウイルクやキロランケたちと会話していたようだし、何か他に確認したい事でもあるのか?
とりあえず杉元たちに逃げられてしまったことで、鶴見中尉がアシリパさんと何を話したかったのかが分かるのはもう少し先になりそうだ。
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迫る新たな敵
駆逐艦から何とか逃げ延びた杉元たち。
でも今度はシロクマとの戦いに……?
今回逃げられたのは、すべては杉元たちを追跡していたのが人間だったからだった。
第七師団はアシリパさんが乗っているから連絡船を撃つなどということはしなかった。
そして杉元はそれを分かっていたからこそ、連絡船の船長を脅して連絡船を停めさせないようにして、最終的な逃走成功に繋げることができた。
その後、鶴見中尉が流氷原を逃げる杉元たちへ追手を差し向けなかったのは、ヴァシリの長距離狙撃の的になることを怖れたためと、極めて理性的な思考に基づく判断からだった。
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つまり杉元たちが第七師団から逃げることが出来たのは、第七師団の人間としての理性的な思考が全て杉元たちを見逃すという行動に繋がっていったからだったわけだ。
しかし今度の敵は、そういった人間としての思考や行動などを一切持たない巨大な獣。
純粋に杉元たちを狩りに来る。
視界良好で逃げ場のない流氷原を舞台に、シロクマとの戦いが始まるわけだ。
果たして杉元たち4人と、どういう勝負になるのだろう。
杉元は案外動けているし、何とか戦いになるのかな?
シロクマ相手の戦いなら、ヴァシリの狙撃よりもアシリパさんの毒矢の方が効くのか?
まだまだ杉元たちのピンチは続く。
214話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。
第215話 流氷の天使
菊田特務曹長の
杉元たちは先回りしている鶴見中尉たちの裏をかくために、出来るだけ遠回りして北海道へ向かっていた。
そんな彼らの後を、シロクマが静かに追跡していた。
杉元たちを取り逃がした第七師団は、今後の動き方を話し合っていた。
宇佐美上等兵は、親族を殺すとアシリパ達を脅迫するというアイデアを出す。
しかしそんな宇佐美上等兵の意見を、脅迫は相手が逃げる前にしないと成立しないと菊田特務曹長は冷静に諫める。
宇佐美上等兵はうるさそうにしながら今度は、新聞で祖母の死亡広告を出すということを提案するのだった。
それに再度反対する菊田特務曹長。
汚職ばかりの網走監獄の看守と違い、罪のない婆さんを殺すのは反対だと主張するのだった。
鶴見中尉は黙って菊田特務曹長を見つめる。
嘘の広告を出せば、こちらの意図は伝わると宇佐美上等兵は食い下がる。
「あの娘に迷いがあって覚悟が決まっていないのならば…脅迫に従うかもな」
鶴見中尉はフゥ、とため息をつくのだった。
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歩く
杉元たちはひたすら歩いていた。
「…こうするしかなかった」
アシリパは第七師団から逃げたことに関して、アイヌの為に集められた金塊が鶴見中尉に渡ればそれはアイヌのために活かされないから、と自分を納得させるかのように呟く。
「そうだろ? 杉元…」
それに同意する杉元。
そして昨夜、白石が月島軍曹と鯉登少尉の会話を聞いていたと続ける。
白石は、その内容まではわからなかったが、鶴見中尉たちの北海道独立はあくまで最初の一歩に過ぎず、アイヌの金塊で政権転覆と満州進出という野望までも視野に入れているのがわかったと説明するのだった。
第七師団にとっては、アイヌは同じ日本人として大国ロシアと戦った仲間である以上、彼らの独立は問題外なのはしょうがないと杉元。
白石は、国家存亡というより、ロシアで懸命に戦ったにもかかわらず報われなかった自分たち屯田兵のために金塊が欲しいのだと答える。
そして、アシリパが鶴見中尉に引き渡されなくてざまあみろと思った、と本音を話すのだった。
「じゃなきゃキロランケが死んだのは何だったんだって……」
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「キロランケニシパはアイヌでも和人でもないのにどうして戦争なんか行ったんだろうか」
アシリパの質問に、即座に答えることが出来ず、杉元は唸っていた。
杉元と白石の二人はは、キロランケが北海道に来た後の行動を整理し始める。
まず、キロランケは北海道へ潜伏するためにアイヌになりすます。
そして結婚して戸籍をとり、ウイルクとは何が原因で別れて、ウイルクは行方不明。
キロランケの極東民族独立の思いをはそのままに、日露戦争が勃発する。
兵役拒否は詳しい取り調べを誘発する。キロランケはそれを避けるために、黙って出征するしかなかったと白石は推測する。
「『せめて今自分に出来るやり方で帝政ロシアと戦い続けよう…』『ひとりでも多くロシア人を殺してやろう』って」
二人のやりとりを聞いていたアシリパの表情がみるみる険しくなっていく。
(戦争で殺し合って物事を解決するのはとても手っ取り早くて簡単なことだ)
(アシリパさんの選ぼうとしている道の方が遥かに…遥かに困難な道なんだよ)
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尾形
樺太大泊。
月島軍曹は子供たちの協力の元、第七師団兵の死体を発見していたが、死体のおかしな様子に気づく。
「誰が軍服を脱がせた?」
子供たちは死体から軍服を脱がせた男について話し始める。
死体と、連絡船が停泊していた位置関係を聞いた男は呟く。
「…手練れだな」
そして男は、死体から軍服を脱がせていくのだった。
どうして脱がせるのかと問う子供に、もう使わないだろう? と答える男。
「この銃だって…自分がブッ壊れるまで人を撃ちたいはずだ」
そう言って、尾形は死体から銃を取り上げる。
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覚悟
最後尾の白石には静かにシロクマが接近していた。
杉元はキロランケが死に際に、アシリパに何と言ったのかと問いかける。
一向に答えないアシリパの様子から、杉元は質問する。
「ひょっとして暗号を解く鍵がわかったんじゃないのか?」
「……うん」
アシリパは素直に肯定する。
ほんとかよ、と杉元は驚いていた。
「それは……何だったの?」
「それは………」
「いや…」
言いづらそうなアシリパに杉元は、アシリパさんに任せるよ、と笑う。
「その時が来たら教えてくれ」
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アシリパは、杉元が暗号の解読法を知ったら一人で行ってしまうから、それを言う時ではないと考えていた。
暗号の解き方を教えない事で杉元をそばから離さない。
そうすれば、第七師団が暗号解読の鍵を知る自分を殺せない以上、杉元の弾除けとなる、強力な盾となれるとアシリパは確信していた。
(そしていざとなれば――そう…「道理」があれば私は杉元佐一と一緒に地獄へ落ちる覚悟だ)
密かに、そう心に誓うアシリパ。
「うおわぁボゴボゴッ」
白石はシロクマに襲われていた。
海水に顔が浸かり、パニック状態だった。
「ええ~~~!?」
突然の事態に杉元、アシリパ、ヴァシリはお揃いていた。
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白石は海に沈んでいく。
その口中に一匹のクリオネが吸い込まれる。
「シロクマがなんでこんなところに!?」
「いつの間にこんな近くまで…全然気づかなかった」
杉元は、銃にぐるぐるに巻いていた布を取り外していく。
白石は海中から顔を出していた。
よかったシライシと喜ぶアシリパ。
白石の気配に振り返ったアシリパは衝撃の光景を目撃する。
「お…おいシライシ! 鼻からクリオネ出てるぞ!!」
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以上、215話のネタバレを含む感想と考察でした。
第216話はこちらです。