第208話 限りなく黒に近い灰色
目次
前話第207話 塹壕から見えた月のあらすじ
入れ墨の模様
登別に到着した鶴見中尉は有古一等卒が都丹から剥ぎ取ったという刺青を調べていた。
刺青の持ち主であった都丹が按摩として第七師団の動向を堂々と探っていたことを、大した度胸だと褒める鶴見中尉。
菊田特務曹長は鶴見中尉に、有古一等卒が刺青の模様について気になることがあるそうだと報告する。
有古一等卒は、刺青の模様が祖母とその年代の人たちの腕に入っていたものと似ており、暗号と関係があるかもしれないと述べる。
アイヌ女性は大正時代くらいまで、美的要素の一つとして口、腕などに入れ墨を入れていたのだった。
興味深そうに有古一等卒の話に耳を傾けていた鶴見中尉は、これまで収集してきた刺青人皮を全て畳の上に広げる。
有古一等卒が、これが全てですかと鶴見中尉に問う。
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鶴見中尉は肯定し、雪崩から都丹の刺青を探しだしたことを讃える。
ちょうど足先がとび出ていたので、運が良かっただけだと答える有古一等卒。
鶴見中尉は、運が悪ければ刺青人皮の暗号が台無しになっていたかもしれないと言ってさらに続ける。
「一枚でも欠けたら金塊は永遠に誰にも見つからない可能性があると思うとひやりとする話だな…」
「……?」
有古一等卒は鶴見中尉の顔をじっと見つめている。
菊田特務曹長から、刺青人皮とアイヌの入れ墨との関連性を問われた有古一等卒は、腕に彫る入れ墨には地域差があることから、それで隠し場所が推測できるかと思っていたが、わからないと謝罪するのだった。
そうか、面白い意見だった、と鶴見中尉。
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「全部盗ってきた」
有古一等卒が外に出ると、玄関先には菊田特務曹長が立って月を見上げていた。
「有古…月は同じだな」
月がどうしたのかという有古一等卒に、菊田は奉天会戦の際、自分と有古一等卒が爆撃を受けた塹壕の中にいた思い出を語り始める。
月だけが空に光っている中で、負傷した菊田特務曹長と有古一等卒は、誰にも見つけてもらえず、互いに死んでいないかどうか一晩中、声をかけあっていたのだった。
翌日の夜。
鶴見中尉と鯉登少将は打たせ湯を満喫していた。
鶴見中尉は笑顔を浮かべながら、先に出ようとする鯉登少将の尻めがけてタオルをスパァンと打ち付ける。
「お足下にご注意ください鯉登閣下!! 今宵は新月ですので」
宿泊所の上階から地面に転がり落ちる男が一人。
その男目がけて、発砲が続く。
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男は起き上がりざまに叫ぶ。
「どこだッ」
それは顔中が血塗れの有古一等卒だった。
カンカンという音とともに現れ、有古一等卒のコートの襟を掴む。
「来い!!」
そして有古を引っ張りながら問いかける。
「盗ってきたか!?」
「全部盗ってきた」
有古一等卒は刺青人皮が詰まった袈裟懸けの入れ物を肩にかけていた。
都丹と有古一等卒に追手が迫る。
新月で真っ暗闇の中、追手たちは皆、松明を持っていた。
都丹たちの足跡を探しては、それを辿る。
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それに対し都丹と有古一等卒は光など持っていない。
しかし都丹はカンカンと舌で鳴らし、進む先に何があるかを解説しながらどんどん有古一等卒を先導していく。
周囲の地形を知り尽くしている有古一等卒は、今現在の自分たちの大体の場所を察すると、どう行けば山を越えられるかを都丹に説明するのだった。
そして、都丹の行く先に倒木があるのを注意する。
「血の匂いがひどいな」
都丹は、先は長いが大丈夫なのかと有古一等卒に問う。
「ああ…」
血だらけの顔で、はっきりと答える有古。
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追い詰められる有古一等卒
数時間前、鶴見中尉が鯉登少将の尻をタオルで打っていた頃。
有古一等卒は一人、ロウソクで周囲を照らしながら施設の内部を歩き回っていた。
大きな箱を発見した有古一等卒。
蓋を開けると、中にはマキリが一本入っていた。
「このマキリ…どうしてここに…」
「苫小牧の殺害現場で遺品を押収したのは鶴見中尉だ」
有古一等卒のすぐ背後に立っていた男が口を開く。
「お前は知らなかっただろう?」
そして男は、のっぺら坊に殺された7人のアイヌの中に有古の父がいたことまで調べがついている、と続ける。
「残念だよ」
菊田特務曹長は有古一等卒の背に銃口を向けていた。
「お前はあの塹壕から見えた月を忘れちまったんだな…」
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有古一等卒は振り向くこともできず、箱の方を向いたままじっと固まっていた。
「有古が持ってきた刺青人皮は盲目の囚人都丹庵士のものではない」
廊下から悠然と鶴見中尉が現れる。
「我々がすでに都丹庵士の刺青の内容を把握していたことまでは土方歳三も知らなかったようだな」
襖に体が隠れた状態で、有古に呼びかける鶴見中尉。
「奴にそそのかされたのだろう? 父親の遺志を継げとかなんとか…」
襖から顔を出す鶴見中尉。
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その狂気を孕んだ笑みが醸し出す恐怖に、有古一等卒は次第に呼吸が荒くなっていく。
「う…!」
有古一等卒の表情が苦痛で歪む。
有古の右手の小指あたりを宇佐美上等兵が噛みついていたのだった。
そして宇佐美上等兵はすぐさま有古一等卒の顔を右手で殴りつける。
「もう戻れないぞ」
宇佐美上等兵は怒りのあまり震えていた。
「お前は最悪の道を選んだ」
鼻から勢いよく息を吐き出す。
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第207話 塹壕から見えた月の振り返り感想
予想外の連続
なんという予想外の展開の連続……。
まず、有古一等卒が鶴見中尉、そして菊田特務曹長を裏切るとは思わなかった。
いきなり有古が血だらけで鶴見中尉たちから逃げるとか、こんな展開、誰が予想できただろう。
特に菊田特務曹長に関しては、強い絆で繋がっているように感じていたんだけどな……。
それは、実際、奉天で二人で一緒に協力して生き残った経験があったということから、間違いではなかっただろう。
しかし、父とのそれには及ばなかったようだ。
まさかのっぺら坊に殺された七人の内、一人が有古一等卒の父だったとは……。
彼がアイヌ出身だったことが、こう繋がっていくのか……。面白いな。
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土方恐るべし。
有古一等卒を裏切らせた手練手管、情報の活用っぷりは鶴見中尉にも負けないんじゃないか?
まぁ、鶴見中尉も有古の動きには気付いていたからさすがなんだけど、でも刺青は有古が持って行ったからなー。
しかし土方は、一体どの時点で、どうやって有古一等卒を懐柔したのだろう……?
まさか都丹との対決中? でも戦っている相手である都丹から話を持ち掛けられて、翻意するかな?
それよりは、やはりもっと以前から土方と直接接触し、説得されていたという方が現実味を感じる。
登別で都丹と有古一等卒は既に裏で手を組んでいたという方が、都丹が生き残ったことに納得がいくんだよなぁ。
あと、有古一等卒は元々、父が何をしていたかを知っており、いつ鶴見中尉を裏切って刺青を奪うか、そのタイミングをはかっていたのかも……。
つまり裏切る素地はあった。
そんな状態の有古に土方が上手い事接触したのかな?
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もし本当に鶴見中尉側の刺青を根こそぎ奪うことに成功していたなら、それを実行した有古はもちろん、彼を寝返らせた土方もすげぇ……。
しかし、まだそれらの刺青が本物と決まったわけではない。
鶴見中尉は有古一等卒の出自や父のことを知っていたわけで、事前に偽物とすり替えていた可能性はありそう。
でも江渡貝による精巧な偽物は確か3つくらいしかなかったはずだから、有古一等卒が盗んだ刺青の全てが偽物というわけではないのかな?
これは大変な展開になった。
有古一等卒のこの行動が刺青争奪戦の図式をどう変えていくのか?
それとも鶴見中尉はすぐに奪い返して、事なきを得るのか。
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事前に組んでいた?
そしてなんと、都丹庵士が生きてた。
確かに雪崩に遭ったとはいえ、死んだ描写はなかったし、死体も紙面で確認できなかったから生きている可能性はあった。
しかし雪崩を食らう直前に都丹が発した「負けたぜ」の一言は誤解するわ。
散り様としては恰好良過ぎるし。
てっきりあの状況では死んだとばかり思っていた。
実際、過去の感想記事を読み返すと、ほぼ都丹の死を覚悟しているのがわかる。
有古一等卒が都丹のものだと言って刺青を持ってきた時はさすがに都丹退場だと思った。
しかしきちんと生きていたと。嬉しい。
雪崩に襲われても生きていたのは、戦いが始まる事前に、有古一等卒と組んでいたからでもあるのかなと思った。
つまり、二人の戦いはプロレスだった?
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戦闘中に都丹が有古を説得するというのは難しいだろう。
それよりは前述したように、事前に土方か都丹、あるいはその両人が密かに有古一等卒と接触していたという方が納得できる。
有古一等卒は、雪崩に呑まれた都丹の元に刺青を剥がしに行った。
しかし有古一等卒が鶴見中尉に提出した都丹の刺青は偽物。
つまり彼は都丹の元に言って、刺青を剥がすのではなく、都丹と今後の段取り、つまり鶴見中尉の手持ちの刺青を奪ったあとの手筈なんかについて相談していたのかな?
都丹と有古の思わぬタッグが実現しているわけだけど、鶴見中尉やその忠実な部下たちがただ刺青を奪われたままでいるはずがない。
有古一等卒は重傷を負っている。いくら彼にとって山や林が庭みたいなものだとしても、さすがに逃げ切れるかどうか……。
今は都丹の正確なレーダーのような聴力によって夜の闇の中を逃げることができているが、果たしてこのまま刺青を土方に届けることができるのか。
207話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。
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第208話 限りなく黒に近い灰色
有古と土方の出会い
都丹の息があることを確認した有古一等卒は彼から他の囚人の情報が引き出せる可能性を考慮して、彼を救っていた。
都丹を背負い山を降りる途中、土方から、有古イポプテ、と呼び止められる有古一等卒。
鶴見中尉は裏切り者の有古一等卒に、自分と土方の違いを説明し始める。
北海道独立計画のためにアイヌの力を必要としている土方歳三には、アイヌの有古一等卒には徹底した報復ができない。
それに対し自分は誰に対しても平等に報復が出来ると言う鶴見中尉。
「有古イポプテの母イカリポポ 兄のヤユフイカ 日高へ嫁いだ姉のレラスイェ 甥っ子のイソニンパとトゥマシヌ…」
有古一等卒の親兄弟の名を淀みなく諳んじて見せる。
そうして、有古一等卒の大切な人たちの命を握っていることを知らしめるのだった。
鶴見中尉の元から全て刺青を盗み出した有古一等卒と都丹は、夜が明けてもなお山中を進んでいた。
休ませろと悪態をつく都丹を、もう一日寝ずに進まなくては、と先導する。
日が暮れるまで歩き続けて、ようやく二人は土方たちの待つ山小屋に到着していた。
室内で二人を迎えたのは土方、永倉、夏太郎の三人。
ずいぶんやられたな、という永倉に、刺青人皮を盗もうとして見つかった、と答える有古一等卒。
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都丹は、疲れた~、と布団に寝転がる。
6枚の刺青人皮を床に置く有古一等卒。
その中の1枚は、都丹庵士のものと偽り土方が有古一等卒に持たせていた関谷の刺青であり、他5枚が新たに土方陣営に持ち帰られたものだった。
土方から、この6枚が鶴見中尉が持っていた全ての刺青かとの確認に、これが鶴見中尉が自分に見せた全てと有古一登卒。
風呂の時間を狙ったのでこの中に含まれているはずだと、普段鶴見中尉が一枚は刺青を着ているが、という永倉からの質問に答える。
有古一等卒は、鶴見中尉たちから逃げ出す前のことを思い出していた。
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二重スパイ
鶴見中尉は有古一等卒に、6枚の刺青人皮を土方のところに持ち込んで、二重スパイをするよう持ち掛けていた。
有古一等卒はそれに対して、黙って目を閉じ、了承の意を示すより他なかった。
そして鶴見中尉は、有古一等卒が刺青を奪って来たことに真実味を付加するため、宇佐美上等兵に有古一等卒を殴らせるのだった。
「有古! 我慢しろ」
宇佐美上等兵は興奮した様子で執拗に有古一等卒の顔面に何度も拳を打ちこむ。
菊田特務曹長は、その様子を無表情で見つめていた。
鶴見中尉はぐったりとした有古一等卒に、必死で逃げろよ、と声をかける。
「追手の部下には何も知らせんからな」
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そして鶴見中尉は部下たちと一緒に力を合わせて有古一等卒を窓の外へと投げ捨てるのだった。
菊田特務曹長は、敵を信用させるためとはいえ映しではなく刺青人皮そのものを全て渡しても良かったのか、と問いかける。
それに対し鶴見中尉は、いくらでも偽造可能な紙ではなく、皮であることが大事なのだと答える。
有古一等卒が持ってきた刺青人皮は本物ではあるものの、都丹のものではないと気付いていたのだった。
その写しを胸元から取り出すと、これは自分ひとりで作ったから自分はこの紙を信じられるが、他の人間にとっては信用は低くなると続ける鶴見中尉。
「皮であることが本物の証となる だからこそ江渡貝くんの刺青人皮は価値があるのだ」
有古一等卒に持たせた刺青人皮の内5枚は人間の皮でつくられた精巧な偽物であり、有古一等卒はその存在すら知らないのだった。
そして、土方たちが自分達よりも先に暗号を解きかねないと考えていた鶴見中尉は、それを邪魔する為に5枚の偽の刺青人皮が効果を発揮する時が来ると考えていたのだった。
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大きな収穫
土方は夏太郎から、あのアイヌの男はどうなのか、と問われ、要注意だ、と答えていた。
土方は都丹のものではないと鶴見中尉にバレることは承知の上で、有古一等卒に刺青人皮を持たせていたのだった。
永倉は網走監獄で杉元たちが鶴見中尉に確保されたのを見ていた。
つまり、杉元が持っていた都丹の刺青の写しは鶴見中尉の手に渡っていると夏太郎に説明する。
そう考えると、有古一等卒が鶴見中尉の元から逃げてこられたのは、こちらにスパイとして送り込まれた、そして、あえて刺青人皮を奪わせたということだった。
「いずれにせよこの5枚の刺青人皮は偽物の可能性が高い だがこれが欲しかったのだ」
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ここまでじっと説明を聞いていた夏太郎は、鶴見中尉が杉元たちの刺青を回収したなら有古一等卒はもっと多くの刺青を持ち帰っていた可能性があると、と納得する。
以前、土方は江渡貝の屋敷を訪ねた際、たまたま猫が見つけた1枚の刺青人皮を怪しんでいた。
それに加えて、今回有古一等卒が持ち帰ってきた5枚の偽物の数を合わせると、江渡貝屋敷で見た、上半身の皮が無くなっていた人体剥製と皮と数が合う、と確信を深めていく。
刺青人皮の中に本物の人の皮で作った精巧な偽物が混ざるのを土方は恐れていた。
しかし今回で偽物が全て回収できたことは大きいとの考えを示す。
「手に入れた刺青人皮6枚は限りなく黒に近い灰色 有古を使った作戦は非常に良い収穫を我々にもたらしてくれた」
一方、土方陣営を脅威と睨む鶴見中尉は、彼らの先んじてアシリパを確保する重要性を改めて感じていた。
「暗号解読の鍵となるアシリパを我々で厳重に警護せねば…!! 樺太へ向かうぞ!!」
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第208話 限りなく黒に近い灰色の感想
情報戦
土方の情報を扱うスキルの高さは鶴見中尉に引けをとっていないなと思った。
鶴見中尉がスパイとして有古一等卒を送りこんできたことにも気付いていたし、なにより鶴見中尉はまだ土方が偽の刺青が存在することを知らないと信じて疑っていない。
土方は江渡貝が本物の人間の皮で偽物を作っていると推測していた。
そして今回、上半身の皮を剥がれた人間の剥製の数から、刺青人皮の偽物は全部で6枚あると睨んでいた土方はその推測が確信に変わったことを感じている。
以上の点から、現時点では、鶴見中尉と比較すると土方が優位かな?
ただそれも、これから鶴見中尉がアシリパさんを確保してしまえばいくらでもひっくり返るだろう。
そしていよいよ鶴見中尉のアシリパさん確保が始まる。
しかし杉元がそれをただ黙って見ているはずがない。
アシリパさんだって同じだろう。
果たしてアシリパさんの運命は?
以上、ゴールデンカムイ第208話のネタバレを含む感想と考察でした。
209話に続きます。