第199話 坂の上のロシア領事館
目次
前話第198話 音之進の三輪車のあらすじ
代わり
兄の墓を前にして、鯉登少年は自分が鯉登家の落ちこぼれであり、兄の代わりにはなれないと感じていた。
鶴見中尉はその心の内を見透かしたように、鯉登少年に実際に口に出させようと促す。
初めて会った人に話過ぎたと寂しそうに答える鯉登少年。
鶴見中尉はそんな鯉登少年に踏み込んでいく。
「君が父上のためにいなくなった兄上の穴を埋める義務はないと思うがね」
何もしゃべっていないのに、自分の心を言い当てられた鯉登少年は鶴見中尉を驚いた表情で見ていた。
「海軍少尉鯉登平之丞 明治27年9月17日没」
墓石に彫られた文言を読み上げる鶴見中尉。
鶴見中尉は墓石の日付から、日清戦争の黄海海戦により没したことを言い当てていた。
鯉登少年は兄、平之丞とは当時8歳の自分と13歳も離れていたと前置きし、兄の死因が清国による砲弾だと話し始める。
兄が乗艦していた戦艦松島が炎上する最中、父は松島の末路をじっと見ていたそうだと説明を続ける。
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「帰ってきてから父はオイを叱るどころか笑うた顔も見せたことはあいもはん」
寂しそうに呟く鯉登少年。
そしておそらくは父が見たであろう甲板の惨状を想像し、口にだす。
「オイは船に長時間乗っちょっと兄さんのことを考えてしもうて ひどく酔うようになりました」
「一日しか船に乗れんものが立派な海軍将校になれるはずがなか」
そして鯉登少年は、自分が父の仕事の関係で函館に引っ越しすることにも言及する。
それを聞き鶴見中尉は、函館は桜島に似ているから気に入ると思うと返す。
月寒はどこにあるという質問に、鶴見中尉は北海道にあると鶴見中尉。
鶴見中尉は鯉登少年に礼を言う。
「また会えますかねぇ?」
鶴見中尉が答える。
「また偶然会えたのならお互い友人になれという天の声に従おうではないか」
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誘拐
16歳に成長していた鯉登少年は、函館の街を三輪車(ドディオンブートン)で爆走していた。
街中では誰ともなく鯉登少年の良くないうわさを話している。
その時、鯉登少年の行く手が馬で塞がれる。
邪魔だ、と一蹴するも、鯉登少年は馬車から降りてきた男たちに顔を頭ごと口をタオルで覆われ、声を出ないまま連れ去られたのだった。
4日後の夕方、函館の鯉登家の母親が心配そうな表情で目の前の軍人から話をきこうとしていた。
母は不安そうな表情で陸軍から招聘される将校の人となりを問う。
海軍大尉の中山は、彼は切れ者だそうなので、大丈夫だと説明する。
屋敷にやってきたのは鶴見中尉だった。
到着するなりカーテンを閉めるようにと素早く指示を出す。
鯉登少年の乗った三輪車がロシア領事館の門の内側から見つかっていた。
しかしそこにはいないと鶴見中尉は断言する。
目的はお金なのか、という母からの問いに対して鶴見中尉は、金持ちの子供がたくさんいると答える。
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「ロシアが誘拐に関与しているならば…事態はかなり深刻でしょう」
その頃、鯉登少年は柱に後ろ手に縛られた鯉登少年は差し出された水を飲んでいた。
顔を布で覆った犯人がしゃべったのがロシア語であると気づく鯉登少尉。
鯉登少年は特に取り乱したりもせず、父が息子一人の為に、ロシアのいいなりになることは絶対ないと自分に言い聞かせるようにして答える。
鶴見中尉は、もし実行犯の正体が自分が睨んでいた通りだったとしたらロシアがなぜ誘拐をしたのかについて自分の考えを披露するのだった。
ロシアから太平洋に出る際、日本の北海道と青森の間の海峡を通らなければならない。
そこには大湊水雷団、函館要塞があるため、それは容易ではない。
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もし誘拐犯がロシアならそれらを壊して、一時的にそれらの施設を無力化することが今回の誘拐の目的だろうと鶴見中尉は踏んでいた。
待ちかねていた領事館からの電話が来ると、即とろうとしたのは父親だった。
そんな父親に、おやめなさい、と声をかけて鶴見中尉は行動を制する。
犯人からの電話を取らなければと冷静さを欠く鯉登少将。
鶴見中尉はロシア領事館に行動を知られている可能性が高いのだった。
鯉登少将は下手をすると、息子を救うために最悪ロシアとの戦争も覚悟しなくてはならないことがわかっていた。
それを回避するために、息子に死んでもらうと呟く。
その頃、鯉登少年は誘拐実行犯から差し出されたアンパンを齧って、何かに気づいていた。
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第198話 音之進と三輪車振り返り感想
誘拐犯の正体って……。
これ、誘拐したというか、させたのがまさか鶴見中尉ってことはないよね……?
誘拐実行犯はロシア語をしゃべっているけど、ロシア人とは限らない。
顔を隠しているのに加えて、鯉登少尉に差し出したのが鶴見中尉が鯉登少年と一緒に食べた月寒あんぱん。
犯人の正体が月島軍曹か、あるいは最近ロシア語が流暢にしゃべれる事が判明した尾形という可能性もある。
月島軍曹を手下にした手管(真相はまだわからないが)を見る限り、鯉登一家に対しても鶴見中尉が仕掛けたんじゃないかと思えてならない。
もしそうだとすると、狙いはなんだろう。
すぐに思い当たったのは、この誘拐事件を鮮やかに解決し、鯉登少将の信頼を得ることかな?
海軍の有力者に対する影響力を確保しておきたいという思惑があったりして……。
だとすれば鶴見中尉はどんだけ知略に長けているんだ。
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上記はまだ想像に過ぎないのだが、でも実際に鯉登少将は網走監獄を攻める鶴見中尉をわざわざ戦艦を出して援護した。
鯉登少将が鶴見中尉に協力したきっかけは、一時は自分の息子の死すら覚悟していたのに、鮮やかに彼を救い出して事件を解決に導いたことだったのではないか。
もし鶴見中尉が自分の動かせる手駒を軍部内に増やすために月島軍曹や尾形を使ってこの自作自演を行っていた場合、鯉登少将以外にもそういったターゲットが複数いるのかもしれない。
誘拐から救い出すみたいな乱暴なやり方ではなくても、月島軍曹の件ように個人の情報を調べ尽くして巧みに心の隙を突くやり口を見ていると、いくらでもやってそうな気がする。
北海道独立のために自分が動かせる優秀な手駒は多い方がいい。
鶴見中尉は陸軍でも評判の切れ者としての立ち位置を、既に獲得している。
だから鶴見中尉の言葉はパワーを持つだろう。
鯉登少尉や鯉登少将もまた、月島軍曹と同じく鶴見中尉との関わっていくに従って彼を信頼するようになったのではないか。
ここまで妄想しておいて、誘拐実行犯がただのロシア人だったら笑う。
198話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。
第199話 坂の上のロシア領事館
鯉登中佐の覚悟
月寒あんぱんを見た犯人グループのメンバーが、それがどこにあったのかと問う。
鯉登少年はすでに差し出された月寒あんぱんを齧っていた。
「(食べるな! かなり古いものだ)」
犯人メンバーが忠告する。
月寒あんぱんは棚の中に湯呑と一緒に保管されていたのだった。
一方、鶴見中尉たちは犯人グループからの要求を待つべく、ロシア領事館の電話の前で待機していた。
まもなく電話交換室が始まるので、その前に鶴見中尉が鯉登中佐と中山大尉に向けて作戦をおさらいする。
まず、犯人グループからの電話で鯉登少年の無事を確認。
そしてすぐに交換手から相手の番号を聞き出す。
そして近隣で待機している部下に番号を知らせて番号の場所へ突入させる。
犯人を逃がさないために速さが重要、と鶴見中尉が作戦の要諦をまとめているとその直後に電話がかかってくる。
「鶴見中尉どん…」
電話をとろうとする鶴見中尉に鯉登中佐が話しかける。
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鯉登中佐は犯人が息子可愛さに海軍を裏切ると思われていることに静かに憤慨していた。
そして音之進には恨まれても仕方がないと前置きして、電話で直接『国んために死ね』と言い聞かせると続ける。
電話が鳴り続ける中、中山大尉は鯉登中佐に、武人の鑑かと存じます…、とその立場を慮った言葉をかける。
「…ヨウサイ…クチクカン」
「(破壊しろ!)」
電話をとった鶴見中尉が聞いた言葉は、日本語とロシア語が混じっていた。
犯人の要求が、要塞と駆逐艦の破壊であると鯉登中佐と中山大尉に伝えると、鶴見中尉は流暢なロシア語で鯉登少年の声を聞かせるようにと犯人グループに要求する。
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「音之進 お前は助けん」
父の非常な言葉を耳にして、表情を凍り付かせる鯉登少年。
「国のために…」
鯉登少年は受話器に向かって頭を下げる。
「兄さあのような息子になれず申し訳あいもはん」
犯人グループの一人が、まるで鯉登少年を励ますようにその背中に手を添えていた。
それをじっと見つめる他の犯人メンバー。
「オイは生まれてこんかったもんと考えたもんせ」
鯉登中佐は息子の言葉を表情を変えずに聞いていた。
鯉登少年は、突如、思いっきりのけぞる形で、それまで自分の背中に手を添えてくれていた犯行メンバーの顔面に後頭部を思いっきり打ち付ける。
鶴見中尉は受話器の向こうで何かが起こっていることを把握する。
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アジト判明
鶴見中尉は電話の交換手に番号を問いかける。
「144番です!!」
中山大尉が急いでその住所をリストの中から探す。
しかし144番は当初予想していた箇所とはかけ離れていたため、すぐに割り出すことができない。
しかし鶴見中尉は144番という番号に憶えがあった。
「数か月前まで使われていた陸軍の訓練所の番号です!!」
鶴見中尉は交換手に144番へは誰も繋げないように指示して、外に出る。
函館市内の陸軍訓練所はロシア領事館から6キロ離れた五稜郭にあった。
当初の想定にないため、部下を向かわせるには遠い。
しかも、そもそも部下は144番が五稜郭だと知らないのだった。
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鯉登中佐は一人、電話の前の椅子に取り残されたようにじっと座っていた。
鶴見中尉は部下を使わず、今ここに居る自分たちだけで五稜郭へと向かうのが一番早いと結論していた。
そして中山大尉と馬で向かおうとする。
しかし馬は急な坂道を怖がるばかりで前に進むことができない。
「そうだ!! 良いものがあるッ」
鶴見中尉が領事館に振り返ると、タイミングよく門から三輪に乗った鯉登中佐が飛び出してくる。
「音之進ッ!!」
鶴見中尉が鯉登中佐の後ろに立つと、三輪は坂道をまるで飛ぶように走行する。
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爆走
町中を三輪で猛スピードで走る二人。
鶴見中尉は自分たちの背後に馬に乗った覆面の男が迫っているのに気づく。
それはロシア領事館の近くで鶴見中尉たちを見張っていた犯人グループの一員だった。
鶴見中尉は144番、五稜郭に電話が繋がらないので、追手もまた自分たちと同様に直接、五稜郭に向かっているのだと気づいていた。
先に五稜郭に行かれてはまずいと鶴見中尉が鯉登中佐に急ぐよう促す。
鯉登中佐は三輪の猛烈な速度を維持したまま思いっきり右折する。
鯉登中佐以上に、鶴見中尉が体を思いっきり横に倒す。
「失礼」
そして鶴見中尉は、鯉登中佐の正面に回りこんで向き合って抱くような形で後ろの様子を確認する。
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取り出した銃で追手を撃つ鶴見中尉。
鶴見中尉が安堵した様子を受けて、鯉登中佐も追手の様子を確認しようと一瞬背後に視線を走らせる。
「危ない!!」
三輪はすぐ目の前に迫っていた馬の引いていた車両にモロに突っ込んでしまう。
鯉登中佐と鶴見中尉は空中に吹っ飛んでいた。
鶴見中尉は空中でくるくると回転した末に地面に胸から落ちてエビ反りになっていた。
鯉登中佐は見事に着地していた。
そしてバラバラになった三輪のハンドルを握ったまま、五稜郭へ向かう。
「音之進~!!」
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第199話 坂の上のロシア領事館の感想
親父の爆走は、息子、音之進への気持ちがあふれていた。
そして、鯉登中佐を的確にアシストする鶴見中尉が素晴らしい。
かなり良い即席コンビだったのだが、あえなく三輪大破。
この話が回想である以上、鯉登少年は無事にこの事件を生き残る。
そうなると、さぞや鯉登中佐と鶴見中尉の仲は深まったんだろうな~。
窮地を一緒に乗り越えた経験は関係を強固にする。
鶴見中尉はこれを狙って今回の誘拐事件を仕掛けたのではないか?
どうしてもそんな風に思ってしまう……。
鯉登少年の背に手を置いていたメンバーとか、月島軍曹じゃないのかな?
アジトが陸軍の訓練所なのといい、すごく怪しいんだよな……。
果たしてこの誘拐劇はどんな顛末を迎えるのか。
次回が楽しみ。
以上、ゴールデンカムイ第199話のネタバレを含む感想と考察でした。
200話はこちらです。