第149話 いご草
目次
第148話のあらすじ
現金調達のためにトドから獲れた素材の売り場として養狐場を紹介されたキロランケ達。
樺太養狐株式会社で働くおじさんは、狐はトドの肉も良く食べるのだと喜ぶ。
キロランケはおじさんに、樺太アイヌの村があったが知らないか、と訊ねる。
20~30年前にはアイヌの村があったらしいが、飼育場を建てる頃には何もなかった、と答えるおじさん。
誰か知り合いがいたのか? というアシリパに、キロランケは昔話を始める。
飼育場の建っている場所には、ウイルクの生まれた育った村があった。
昔、樺太はロシアのものでも日本のものでもなかったが、約30年前、樺太・千島交換条約が結ばれる。
それに伴い国籍選択を迫られた樺太アイヌの2000名の内の841名が北海道への移住を決める。
ウイルクは母親は樺太アイヌだったが父親がポーランド系の為に日本に行けず、住んでいた村の大半が北海道へ移住したにも関わらずウイルクの一家は樺太に残る。
しかし樺太アイヌの間で伝染病が流行って半数近くが亡くなるのだった。
生き残った樺太アイヌは樺太に戻るが、ウイルクの村には誰も戻って来なかったのだとキロランケはウイルクから聞いていた。
日本とロシアの都合で翻弄された結果だと吐き捨てるキロランケ。
北海道アイヌもいずれこうなる、と言い、キロランケはアシリパに優しく語り掛ける。
「だが光はある ウイルクはその光をお前の中に見ていたんだ」
どうしてウイルクはアイヌを裏切ったのか、奪った金塊を自分に託そうとしたのか、というアシリパの問いに、その答えはこの樺太の旅の中で見つかるはずだ、というキロランケ。
尾形はキロランケにウイルクがアシリパでなければ解けない暗号を残したということは、今アシリパの頭の中には暗号を解くかぎがあるはずだと確認する。
刺青人皮が自分以外の誰かに全て収集されても、アシリパさえ確保しておけば金塊は見つからない。
加えて、今のうちに金塊の情報をアシリパから聞き出しておけばさらに有利になる、と続ける。
キロランケは確度の高い情報を得る為にアシリパの樺太での成長を促し、アシリパから自分たちにカギを教えてくれるはずだと目論む。
鶴見中尉が、ベッドで布団を被っている二階堂に食事を摂らない事を咎める。
モルヒネをエサに布団から出そうとするも、有坂の大声ですぐに引っ込んでしまう二階堂。
義手を掲げている有坂に二階堂が布団から顔を出して注目する。
ただの義手ではないですよね、と問いかける鶴見中尉に、もちろん仕掛けがあるよッ、と有坂。
二人のやりとりに注目している二階堂だったが、義手の中指から出てきた箸を見て再び布団に潜り込む。
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第149話 いご草
頭陀袋を背負った岩息が杉元たちに向けて肩越しに手を振っている。
去り行く岩息を見送る杉元たち。
鯉登少尉が月島軍曹に、鶴見中尉の判断無しに岩息を逃がして良かったのかと問いかける。
月島軍曹は、全て自分に任されていると答え、杉元に視線を移す。
「当然お前もだぞ杉元…」
スチェンカで、岩息の打撃により我を失った時の様な事がもし次もあればその時は殺す、と淡々と警告する。
「自分を制御できなければいつか取り返しがつかないことになる」
杉元を背に歩き始める月島軍曹。
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囚人月島と鶴見少尉
回想。
明治29年、月島は陸軍監獄の房に収監されていた。
月島は鶴見少尉に、海藻の一種である”いご草”から作る新潟の郷土料理”いごねり”をご存知ですかと問いかける。
きちんと正座する月島の目の前で胡坐をかいた鶴見少尉は、”いご草”な、と返す。
佐渡では”いご”だと言う月島。
鶴見少尉が”えご”と言ったのは鶴見少尉が新潟本土の生まれだからとフォローする。
月島は少年時代、佐渡で”いご草”と揶揄われていたくせっ毛の女の子の話をしだす。
月島の父は人を殺した事があるという話を始め、様々な悪い噂がある島の嫌われ者だった。
その息子である月島少年にも偏見の目は容赦なく向けられ、子供たちからのイジメに抵抗している内に”悪童”、”荒くれ者”、”糞ガキ”と島中から呼ばれるようになった。
しかし、くせ毛の女の子だけは自分の名をきちんと”基(ハジメ)”と呼んでくれたから、月島は女の子のくせ毛が好きだと伝えていた。
月日が経ち、青年へと成長した月島は、新発田の陸軍第二師団に入隊する。
そして、間もなく日清戦争が始まる。
月島は戦争に出る前、くせ毛の女の子に、戦争が終わったら一度だけお前の為にこの島に帰ってくるから、その時に駆け落ちをしようと言い残していた。
戦地から女の子と手紙のやり取りをしていた月島だったが、戦争も終結に向かう頃、彼女からの手紙が途絶えた事に悪い予感を覚えていた。
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デマ
終戦後、日本に戻った月島が佐渡へ帰郷すると、何故か島の人間は月島の事を、まるで幽霊でも見るかのような目つきで見つめてくる。
戦死したと聞いた、と島の人間に言われ、戸惑う月島。
さらに、帰郷する10日前、くせ毛の女の子は行方不明となり、海岸で履物が見つかっていたのだという。
月島は、毎日必死に海で彼女の捜索をする。
浜辺に打ちあがっている彼女の髪にそっくりな”いご草”を見る度に肝を冷やすのだった。
しかしふと我に返った、月島の脳裏に、月島が戦死したというデマの発信元がどこなのかという疑問が湧く。
調べると、犯人は父親だった。
家に乗り込み、問答無用で父を殴りつける月島。
その表情は何の感情も無い。
月島自身、父をクズだと解っていたが、どこまで自分の人生の足を引っ張れば気が済むのかと思い、溜まったものが吹き出したように殴り続ける。
脳を損傷した月島の父は、血の海の中で変ないびきをかいていたのだという。
その負傷は致命傷となり、父は他界する。
尊属殺人で死刑判決を受けた月島は、父が何故デマを流したのか、その理由を知る前に殺したが、とりあえず彼女を死なせた元凶である父を殺せたことは満足だと鶴見少尉を前に淀みなく語る。
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鶴見少尉は語る
そこまで黙って月島の話を聞いていた鶴見少尉は、突然”えご草ちゃん”は自殺してなかった、と言い出す。
驚く月島。
鶴見少尉は真相を語り出す。
今年、佐渡鉱山を買い取った三菱の幹部が彼女を気に入り、息子の嫁にしたいと申し出た。
月島と約束していた彼女には”基ちゃん”しか頭になかった。
娘が”悪童”の嫁ではなく玉の輿に乗るチャンスが来たということで、何とか三菱の幹部の息子に娘を嫁がせようと必死だった彼女の両親は、島を巻き込んで大芝居を打つ。
その一つが、月島の父に息子の戦死というデマを流させる代わりに金を出すという事だった。
他にも、月島が娘を奪い返しに来るのを防ぐ為に自殺を偽装する。
月島の戦死を信じ、嫁ぎ先へ極秘で送り出された彼女は、島では自分が自殺したことになっているのを知らない。
さらに両親もまた、娘が佐渡に帰省する事を防ぐ為に、娘の嫁ぎ先である東京へと移住したのだという。
ただただ驚き、狼狽する月島。
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スカウト
これらの情報は、彼女のいないところで両親を問い詰めて全て吐かせたものだと淡々と話す鶴見少尉。
さらに、彼女からこれを預かっている、と一束のくせ毛を月島の目の前に置く。
彼女は月島が生きている事は知らないが、鶴見少尉が、自分が上官である旨を彼女に告げたところ、”好きと言ってくれた髪の毛だから、基ちゃんの骨があったら一緒に埋めて欲しい”と渡されたのだという。
月島が生きている事を伝えるべきだったか、と問う鶴見少尉。
彼女にいまさら何もしてやれない、と、俯く月島。
鶴見少尉は少しの間黙って月島を見つめ、貴様はロシア語がペラペラだったなと唐突に問いかける。
何の脈絡も無い問いかけに戸惑いを見せながら、全く話せない、と月島は否定する。
鶴見少尉は、じきロシアとの戦争が起こるが、その際に必要なロシア語通訳が足りていないと切り出す。
この国家存亡の危機において、月島のようにロシア語が堪能ならば温情が与えられる。
特務機関のある札幌の月寒、第七師団に転属したという鶴見少尉は、戦地となるロシアへは情報将校として行くので、その際に信頼できる優秀な通訳兼部下として月島を連れて行く、と一気に説明する。
怪訝そうな表情で、つらつらと語り続ける鶴見少尉を見つめていた月島は、話が切れたところで再びロシア語が出来ないこと、そして自分が尊属殺人を犯した死刑囚であることを主張する。
「ならば死んだ気になって勉強しろ!!」
月島に人差し指を突きつけ、鬼気迫る表情で一喝する鶴見少尉。
新事実
それから9年後、日露戦争の激戦地、奉天。
壁として整然と積まれた土塁。
土塁の壁の内側で相手の陣地に向けて火を噴く大砲。
日本軍の兵士たちがロシア軍と対峙している中、負傷した月島は包帯を身体に巻かれ、医療キャンプで身体を横たえていた。
「あんたもしかして”月島基”じゃないか?」
月島と同様に負傷して包帯を全身に巻いた男は、自らを佐渡の生まれだと言い、自分の世代で月島の事を知らない奴はいない、と続ける。
そして、月島は死刑囚になったと聞いたが、何故ここにいるのかと問う。
さあな、とだけ答えてそっぽを向く月島。
男は、月島が父殺しの罪で捕まったすぐ後、それまで海岸で探していたくせ毛の女の子が”見つかった”のだという。
その言葉に反応する月島。
「見つかった?」
「遺体が見つかったんだ」
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怒り
「鶴見中尉ッ」
叫ぶ月島。
土塁の前に立つ鶴見中尉が月島に振り向く。
「よくもあんな嘘をッ」
怒りを漲らせ、鶴見中尉を睨みつける月島。
鶴見中尉は月島の怒りに対して僅かな動揺すら示さず、冷徹な視線を月島に向ける。
感想
月島の重い過去
ついに下の名前が判明した。
月島基(ツキシマ ハジメ)。予想外の名前だった。
かっこいいじゃないの……。
月島の過去の話も、杉元、谷垣、尾形らと同様、悲惨で辛かった。
北斗の拳風に言えば、月島もまた、哀しみを背負う男だった。
クズの父と二人暮らしっぽいのが可哀想だな。
島の連中から迫害に遭い、家では自分を苦しめる父。
逃げ場なんてどこにも無い中、偏見に負けない為に月島少年は強くなるしかなかった。
周囲の無理解と偏見に抵抗するうちに稀代の悪童と化した月島。
自分を理不尽にも迫害してくる奴らを黙らせる為に、腕っぷしは強くならざるを得なかったんだろうな。
月島の母はクズの父から逃げたか、それとも早々に亡くなったのか。
本来、クズにのみ向けられるべき蔑視は何の罪もない月島少年の人生にも暗い影を落としたようだ。
現代でも殺人犯の子供は非常に肩身が狭い思いを強いられる。
それは当然、明治の時代でも同じだろう。
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鶴見中尉はどう立ち回る
大嘘がバレ、ともすれば自分を殺し兼ねないまでの怒りを滾らせる月島に対し、鶴見中尉はどう対処するのか。
今回の話の冒頭で、月島は鶴見中尉からの命令をきちんと遂行する姿勢を見せている。
そもそも、初登場時からこれまで、鶴見中尉の側近として忠実な働きぶりを見せて来た。
ということは、どうして嘘をついたのか、という今回の話の最後の月島の問いかけに対し、鶴見中尉は月島の納得のいく答えを示したということになる。
月島に話しかけてきた男がわざわざ嘘をつく意味は無いだろうから、月島がそう判断した通り、三菱の幹部の息子の嫁に行った云々の話は鶴見中尉による巧妙な作り話である可能性大だ。
鶴見中尉(当時は少尉)が月島の房に向かう途中、浜に立ち寄って海藻の匂いを嗅ぐ描写があった。
これはくせ毛の女の子から託されたという設定の、”彼女の一束の髪の毛”を用意する為だったのか。
もしそうだとすると、前もって月島の想い人の情報を調べて、それをどう利用すれば月島の心を掌握出来るのかを考えていたという事になる……。
鶴見中尉が情報将校として天才的なんだなと感じる。
ロシア語の出来ない月島を喋れる事にして監獄から出してしまうというのは巧い。
そりゃ、この流れなら月島は鶴見中尉に大きな恩義を感じるよ。
鶴見が月島に話したことは、どこかに真実が含まれていたりするのだろうか。わからない。
虚実を巧みに操り、最後にはその人間の求めているであろう言葉をかけて人心掌握していく鶴見中尉がクセ者だということは改めて感じた。
尾形を除き、鯉登少尉、宇佐美上等兵、そして月島軍曹といった、第七師団において主な部下は鶴見中尉に心酔している。
果たして怒れる月島に対してどんな話術を使うのか。
そして、どうやって月島を現在のような忠実な部下に出来たのか。
次回が楽しみ。
以上、ゴールデンカムイ第149話のネタバレを含む感想と考察でした。
150話の詳細は上記リンクをクリックしてくださいね。
コメント
新潟生まれの新潟育ちで、佐渡に祖父母の家がある1読者ですが、
この作者は良く勉強していると思いました。
北海道の事だけじゃなくて、佐渡のいごねりと新潟本土のえごねりが、似て非なる物なんて普通注目しないような事…良く調べてるなぁって感心しました。
コメントありがとうございます!
返信が遅れすみません。
いご、えご、と何で違うのかなと思ってました。
単に方言の違いなのかなと思っていたのですが、違うんですね! 非常に面白いことを教えて頂きありがとうございます!
野田先生は取材での休載が多いという印象があるのですが、それだけの作品を仕上げているということなんですね。