第268話 一本の毒矢
前話第267話あらすじ
ソフィアは鶴見中尉とアシリパにキロランケからもらった手紙の内容を話し始める。
その手紙はキロランケがアシリパを連れて樺太に来てから書かれたものだった。
北海道に渡ったキロランケはウイルクと別れ、それぞれの場所でアイヌの生活に溶け込み、金塊の情報を集めていた。
よりアイヌに馴染むべく、ウイルクはアイヌの女性と結婚しアシリパを産む。
しかしそれは、キロランケとウイルクの決定的な断絶の一歩だった。
数年後、疱瘡で死んだと言われていた老人キムシプが、山の中で独りで暮らしているのが発見される。
キムシプは約50年前に砂金を集めてロシアから武器を買おうとしたアイヌの一人だった。
鶴見中尉はキムシプが埋蔵金の在り処を知る人物だという情報を明治35年(1902年)には手に入れていた。
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キムシプが目撃され、ウイルクと6人のアイヌ(シロマクル、メシラ、スクタ、イレンカ、ラッチ、オッケポロ)は動き始める。
7人での話し合いの結果、先を越される前にキムシプを探すことで一致するのだった。
小屋から出てきたウイルクを待っていたキロランケ。
「なぜ俺を呼ばないんだ?」
ウイルクはキロランケに当初の計画であった極東連邦の樹立から、北海道のみの独立への計画変更を提案する。
それに対して怒りを剥き出しにするキロランケ。
それは極東連邦だとアムール川流域の少数民族がすむ極東ロシアの土地を侵略から守れないが、北海道だけであれば攻める手段が船しかないので守りやすいという合理的な考えに基づくものだと鶴見中尉はアシリパに説明する。
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キロランケは樺太やロシアに住む他の民族たちを切り捨てるのか、かつてウイルクの村が滅んだのは住み慣れた土地を離れたためだとウイルクに食ってかかるが、ウイルクはあくまで合理的な返答に終始し、北海道独立を曲げようとしない。
キロランケはそんなウイルクの態度を受けて、少数民族のことなどどうでもよく、北海道アイヌとして生きる娘の未来を守りたいだけじゃないのかと指摘する。
「そもそも北海道は俺たちには関係なかったのにお前は北海道で愛する家族ができて ここが故郷になってしまったんだ」
「民族の生き残りをかけた戦いか 愛する者への想いか 建前と本音の違いだけでどちらも嘘ではない」
二人それぞれの立場に理解を示す鶴見中尉。
キロランケがウイルクに殴りかかり、殴り合いが始まる。
黙って話を聞いていたアシリパは、キロランケが怒ったのはロシアの少数民族のこともそうだが、何よりソフィアのことが好きだったからだと呟く。
それは、キロランケが今際の際にソフィアの名を呼んでいたからだった。
そしてウイルクにはそれがよく分かっていたから、キロランケを遠ざけたのではないかとの続けるのだった。
キロランケの殴り合いを制したウイルク。
しかしキロランケは、昔の合理的だった頃のウイルクであれば将来、必ず目的の障害になる人間は殺していたにも関わらず、自分は木に縛り付けられるのみだったことから、ウイルクはもはやかつて自分が愛していた頃のウイルクとは違うと確信するのだった。
第267話の感想記事です。
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第268話 一本の毒矢
シロマクルの元を訪ねる鶴見中尉たち
キロランケはソフィアへの手紙の中で、ウイルクがキロランケの元を立ち去る時の言葉を、あれが最後の自分への言葉だったと振り返る。
「アシリパの幸せを祈っている 誰かに戦わせ安全なところで生きる無責任な娘ではなく 茨の道を自分で選び幸せを掴もうとする人間になって欲しい ソフィアのように……」
そのくだりを聞いたアシリパは、ウイルクはそういう人だと理解を示す。
「アイヌの未来を守るため皆を戦わせるなら自分の娘をまず先頭に立たせるべきだと考えていた」
たしかに、自分の家族を守りたいだけなら戦わずひっそり暮らせばいい、と鶴見中尉。
「そしてアイヌの言葉もカムイのこともみんな忘れてしまう」
アシリパはアイヌの文化がそうして失われていくことを危惧していた。
生活に役立つものをカムイとして、それを親から子へと伝えていくことは、アイヌが北海道で生きる術を伝えることと同じ。
つまりカムイを忘れることはアイヌが消えることだとアシリパは鶴見中尉に食って掛かる。
「そのカムイを守る戦いのためにウイルクたちはどんな悲惨な最後を遂げたのか これから教えてあげよう」
鶴見中尉が声を張る。
ビクつくアシリパ。
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キロランケと別れてから、ウイルクは6人のアイヌたちと一緒に金塊の隠された場所を知るキムシプを探しに行っていた。
その後、鶴見中尉達もまた、情報の出どころであるシロマクルの存在をつきとめていた。
、1カ月前にキムシプを捕まえたアイヌの男たちは金塊を見つけているだろうというシロマクルに、どうして一緒にいかなかったと問う鶴見中尉。
シロマクルはウイルクたちのやり方について行けなかったからだと答える。
金塊は葬るべきだった、呪われていると金塊の在り処を教えることを渋るキムシプに対して、アイヌの男たちは孫や弟に危害を加えると脅しをかけて情報を吐かせようとしていた。
シロマクルは、それが許せなくて一人で帰って来たこと、そして金塊の在り処を聞きだす前に別れたのだと答える。
「有古さん」
鶴見中尉は息子(有古一等卒)が第七師団に入営していること、親子で八甲田山の遺体回収に協力したことを上げ、和人とアイヌの分断を図る者と手を切ったのは賢明だと切り出す。
それに対しシロマクルは、彼らの気持ちも良く分かるとアイヌに理解を示す。
自分たちの地域では和人と上手くやってきたが、他の地域では強い憎しみを抱えている者もいると続ける。
「金塊を使うにも血を流さない方法が無いかと協力したが……」
そして、自分以外の6人のアイヌは曲者揃い且つ互いの関係も浅く、和人への過激な思想という共通点で集まっているが、それを一人の男がまとめているとシロマクル。
シロマクルが話したのは、珪藻土を食べるアイヌを、それを食べる文化がないアイヌが泥を食うのかと馬鹿にして関係が険悪になりかけた際、ウイルクが珪藻土の説明をしてその場を収めた話だった。
「差別は無知から生まれる せめてアイヌ同士は理解し合いひとつに…」
北海道各地全てのアイヌをまとめられるアイヌがいなかったので、それをやれたウイルクはアイヌたちから一目置かれていた。
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再び鶴見中尉とウイルクの人生が交差
話の流れで、その男の素性を問う鶴見中尉は、シロマクルから思わぬ名前を聞くのだった。
「樺太から来たアイヌだ みんなは『ウイルク』と呼んでいました 青い目をしていて…顔に傷がある」
鶴見中尉は、それがかつてウラジオストクで会ったウイルクのことだとすぐに理解していた。
(やっぱりまた私の人生に関わってきたか)
「私は一本の毒矢をウイルクに放った」
嗤う鶴見中尉。
鶴見中尉はシロマクルに、ウイルクが帝政ロシアと戦っていたゲリラであることを彼が打ち明けていたかどうかを訊ねる。
「彼はロシアでの革命運動の資金としてアイヌの金塊を探しに北海道へ来た」
動揺するシロマクル。
家を後にした鶴見中尉達は、帰ったと見せかけてシロマクルの家の外で身を隠していた。
暫くすると、シロマクルが慌ててどこかに出かけていく。
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それを確認した鶴見中尉は、シロマクルが金塊の在り処を知らないというのは嘘であることを確信し、仲間たちにウイルクの正体を伝えに行ったシロマクルの後をつけるのだった。
シロマクルの山中での移動速度についていくことが出来ず、姿を見失う宇佐美上等兵、菊田特務曹長。
八甲田山では誰も彼らについていけなかったと鶴見中尉。
その時、少し離れた場所から三発の銃声が響く。
その日の明け方、鶴見中尉達は腹部にシロマクルのマキリを深々と刺されて死にかけているラッチを発見していた。
ウイルクにやられたのかという鶴見中尉からの質問にラッチは答える。
「いや……あの男は何も……みんなで殺し合いになった……」
鶴見中尉はアシリパに、ウイルクを庇う者とそうでない者とで殺し合ったのだと解説する。
「ウイルクへの信頼というものでかろうじて保っていた関係が私の放った毒矢で崩壊した」
ウイルクが「自分の過去をシロマクルに暴露した者」に追跡されると悟ったことに、鶴見中尉は気づいていた。
そして鶴見中尉達は、森の中でウイルクの顔をマスク状に剥いだものを被せてある生首が転がっているのを発見する。
ウイルクは自分の死を偽装したのだと鶴見中尉は説明する。
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感想
ウラジオストクの長谷川写真館時代から時は流れ、北海道という異なる場所で再度鶴見中尉とウイルクの人生が交わった。
鶴見中尉とウイルクは家族構成が似てたり、国を作ろうとしていたり、そのために金塊を廻って血生臭い戦いに身を投じたりと、似た者同士だ。
そんな二人が関わり合うことは、やはり運命なのだろうか。
ウイルクはその頭の良さで一目置かれて、互いに仲が良くないアイヌたちをまとめ上げていた。
異国の地でもきちんと頭角を現す優秀な男だったわけだ。
そして、ウイルクと同じく優秀な鶴見中尉は、やはり恐ろしい男だった。
誰にどんな情報を与えることで、どういう結果になるかがすぐに判断できるのは流石だ。
鶴見中尉によってウイルクたちの関係性を破壊する毒として放たれたシロマクルは、鶴見中尉の思う通りの働きをしたことになる。
しかしこの話は、あくまで鶴見中尉が語っているということを念頭に置く必要があるのではないだろうか。
もちろんすべてが嘘だとは言わないが、ウイルクやアイヌたちが殺し合ったというのは果たして鵜呑みにして良いものなのか?
そもそもウイルクが自ら顔の皮膚を丸ごとはぎ取ったというのは本当なのかな……。
自分でやるのは相当難しいと思う。激痛で皮を破いてしまいそうだ。
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でも、鶴見中尉の話では、きちんとマスク状に切りとられて誰かの生首に被らされている。
ウイルク自身が自らの手で剥いだというよりも、他の誰かがウイルクの顔面の皮を剥いで、他のアイヌの生首に被せたという方がまだ信じられる。
ウイルクが死刑囚になったのはこの事件でアイヌ殺害容疑がかかったからだが、ウイルクが冤罪の可能性もあるのかな……。
実は、未だにインカラマッが12巻でアシリパに言ったことが気になっている。
網走監獄ののっぺらぼうはウイルクではなく、ウイルクを殺したのはキロランケだと告発した。
じゃあ網走監獄で尾形に撃たれたあの青い目ののっぺらぼうは誰なんだということになるんだけど、キロランケが誰か代わりを用意したのかな……。
前回木に縛られたキロランケが、拘束から抜け出して何かしら行動を開始する可能性は十分にあると思う。
それをソフィアへの手紙にきちんと書いたかどうかは次回以降わかるだろう。
ウイルクはスケールが大きい構想を持ち、その実現のために行動している。
優れた面がたくさんある事は間違いない。
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しかし顔面の皮を剥ぐというのは優秀だからとかそういうことでは測れない異常さを感じる……。
いざとなった時の対処法として普段から考えて、必要となったら鉄の意思を以て、躊躇いなく実行する覚悟があったということだろうか。
いや、覚悟があっても出来ないだろ……。顔の皮膚を丸ごと……?
この話はあくまで鶴見中尉がしている。その正しさを証明する第三者は存在しない。
でも全くの嘘という感じはない。
もしあるとすれば、一部どこかに嘘を紛れこませている感じかな。
続きが楽しみ過ぎる。
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しかしまさかチカパシが鶴見中尉の話の中に登場するとは……。
どうやらキムシプはチカパシのおじいちゃんのようだ。
チカパシが初登場する8巻読み返すと、谷垣相手にこう言っている。
「俺の家族もみんな死んだ ええと……なんだっけな ……疱瘡って病気だ」
きちんとキャラの人生が感じられるなぁ。素晴らしい。
次回以降も鶴見中尉とソフィアの話が続く。
今回と同じか、それ以上の驚きがあることを期待したい。
以上、ゴールデンカムイ第298話のネタバレを含む感想と考察でした。
第299話に続きます。