第221話 ヒグマ男
目次
前話第220話 毛皮のあらすじ
冷静なアシリパ
熊を目撃した辺りで、熊を捜索する杉元たち。
しかし杉元たちが来た頃には、熊の姿は周囲に跡形もなく消えていた。
アシリパは、熊の足跡がわからなくなると、周囲を歩き回る杉元たちを注意する。
この奇妙な事態を受けて杉元が呟く。
「やっぱり…あの白い熊を送らなかったから山の神さまが…」
しかしアシリパはそんな杉元に、わからないことをカムイのせいにして考えることをやめるのは良くないと、思考停止を諫める。
ヒグマがいたのに足跡が残っていないのは絶対にあり得ないと自身の見解を述べるアシリパ。
杉元は気を取り戻して、自分とアシリパで熊を倒すので、白石には平太を探すように指示する。
「あの男が食われたらすげえ困る!! 頭巾ちゃんを連れて行け」
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ウェンカムイの恐怖
「親父…三郎…」
平太は雪に無造作に埋められた父と三郎の死体を呆然と見つめていたが、その場を急いで後にする。
「南無阿弥…仏…」
どこかから念仏が聞こえてくる。
「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」
何度も何度も震える声で唱えられる念仏。
平太が念仏の聞こえてくる方向に歩いていくと、嵩が熊に体を咀嚼されている真っ最中だった。
虚ろな目で、熱に浮かされたように念仏を唱え続ける嵩の頭を前足でぐーっと押さえつける熊。
パキュ
卵が割れたような音とともに、嵩の脳が外に飛び出す。
ノリ子は涙を流し、悲鳴が出ないように口元を両手で押さえて、すぐそばの木の陰に隠れていた。
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熊がその場を後にするのと同時に平太がノリ子に、怪我はないかと声をかける
「平太ッ」
ノリ子は泣きながら平太に抱き着く。
「嵩さんが…嵩さんがあ…」
至近にあるノリ子の唇に口づけする平太。
「駄目よ…」
ノリ子は顔をそらし、平太の身体を押して距離をとろうとする。
「ごめんなさい でも僕…」
平太が謝罪を口にした瞬間、熊の巨大な爪がノリ子の顔に突き立てられる。
「ああ…」
熊がノリ子の顔を引き裂くのを目の当たりにして尻もちをつく平太。
すぐに立ち上がると、一心不乱にその場を逃げ出す。
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平太の正体
平太は森の中で杉元と出会い、その胸に飛び込んでいた。
平太のただならぬ様子に、杉元は、熊がいたのかと問いかける。
「逃げないとッ 早く逃げないと次は私だッ」
必死に訴える平太に、杉元は大丈夫だ、と冷静に答える。
「俺らといろ!! 守ってやる どこにいた? 熊は」
「不可能です…」
恐怖に慄いた様子で訴える平太。
「私は必ずあいつに食われる だから出来るだけ離れてください」
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「どういう意味だ?」
アシリパが問いかける。
「親父も 三郎も 嵩にいも みんな食われた…」
その頃、白石はスケッチに没頭しているヴァシリの元に辿り着いていた。
「頭巾ちゃん ちょっとついて来て!!」
白石を無視して、ヴァシリは一心不乱に紙にペンを走らせる。
「ノリ子姉ちゃんも食われてしまった 僕のせいだ…」
涙を流す平太。
「僕がウェンカムイを連れてきたから」
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杉元は違和感に気付き、平太に問いかける。
「平太師匠 あんた…さっきから誰の話をしてるんだ?」
白石はヴァシリが集中して描いている絵を見て固まっていた。
描かれていたのは、上半身裸で横になったポーズをとっている平太。
その体全体には金塊の鍵となる刺青が彫られている。
平太は刺青囚人であることを理解した白石。
ヴァシリを小屋に誘ってヌードを描かせたのは、ノリ子ではなく平太だったのみならず、三郎、嵩、父親、ノリ子は全て平太が頭の中で作り出した妄想だった。
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豹変
アシリパは平太の足元に落ちている風呂敷の結び目が解けて中からヒグマの毛皮が出ているのを指摘する。
「え?」
驚愕した様子で振り返る平太。
「いつのまに…どうして?」
風呂敷を掴み上げる。
「何度も捨てたのに焼いても川に流してもいつのまにか戻ってくる」
あんたがそれを大事そうに背負っていたと杉元。
そしてアシリパが真相に辿り着く。
「もしかして杉元とシライシが見たという熊はその毛皮だったんじゃないか?」
平太が持っている毛皮が風呂敷を破るほどに一気に膨張していく。
「平太のいうウェンカムイとは平太の頭の中にだけいるんじゃないのか?」
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熊と化した自分と対峙する平太。
ベキンッ
目の前の熊による一撃を頭部に食らい、首の骨を折る平太。
一人その場に仰向けに倒れ、熊の毛皮が平太を覆い隠す。
「平太師匠!! どうしたんだ?」
杉元の声に反応せず、平太は熊の毛皮の下でビクビクと小刻みに震え続ける。
クチャクチャ
ガリガリ
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平太は熊に食われる妄想を見ていた。
「…!?」
毛皮を被ったまま平太は起き上がる
「カフッ カフッ」
まるで興奮した熊のような呼吸音が毛皮の下から聞こえる。
平太の右腕が杉元に振り下ろされる。
咄嗟に肘を曲げた状態で左腕を掲げて防御姿勢をとる杉元。
パキンッ
しかし平太の右腕による強力な一撃は杉元の左腕を折るのだった。
「ブオオオッ」
心身ともに熊になり切った平太が杉元に襲い掛かる。
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第220話 毛皮の振り返り感想
平太の正体
やはり今回のエピソードはホラーだった。
つくづく、一番怖いのは人だと思う。
熊に襲われる妄想に囚われて自身を熊と同一化+脳内に父親、三郎、高、ノリ子の存在を作り、演じる……。
二重人格とか妄想どころじゃない。
平太はこれまでの囚人の中でもトップクラスでヤバイ奴だった。
囚人はどいつもこいつもヤバイ奴だが、こういうナチュラルに狂った奴が一番怖い。
今回のエピソードの見せ方もホラーだったし……。
ウェンカムイと化して杉元を襲う平太。
おそらくこれが初めての犯行ではないだろう。
雨竜川に出没するウェンカムイというのは、つまり平太のことだったとみて間違いない。
砂金を独り占めするために演じているとも考えられるけど、杉元の腕をへし折るパワーは人格までも変わっていると思う。
今の平太は、自分がウェンカムイだと信じ込んでいる。
これは彼が意図的にやっているというより、常にその妄想に囚われていて制御など不能だと考えた方が自然に思える。
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原因
何が原因で平太はこうなってしまったのだろう……。
おそらく父親、三郎、嵩、ノリ子は実在していた?
それが熊の襲撃で全員虐殺されてしまい、平太はその現場に居合わせたか、もしくは事後の現場を目撃したのではないか。
そのショック、あるいは恐怖で頭が狂ってしまった?
もしくは熊に憧れたとか? でもそれだとここまで恐怖しないか……。
何らかの原因で、いつしか自分をウェンカムイと同一化して人を襲うようになったのだろう。
熊に一家を襲われた過去があるとしたら、哀れで同情のしようもある。
まぁ、救いは全然ないのだが……。
常に家族がウェンカムイに惨殺される光景を見続けるとか、地獄だろう。
しかしもし父親、三郎、嵩、ノリ子が実在せず、全て平太の妄想だったらどうだろう。
つまり元々頭がおかしくて、特に原因もなく生来狂っているだけ。
それは最も憐れであり、最も怖いパターンだ。
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決着
ヴァシリは平太の刺青囚人としての真の姿を描いた。
つまりヴァシリはノリ子に小屋に連れ込まれたのではなく、平太に連れ込まれて、彼の絵を描いていたということ。
平太が囚人になった原因は平太の気質が暴力事件あるいは殺人事件を引き起こしたためか。
杉元は自分たちに起こっている怪異の原因を、白熊をきちんと送らなかったから山の神が怒ったのだと、アイヌのカムイ信仰に求めた。
しかしアシリパさんは、わからないことをカムイのせいにしている杉元の思考停止を諫める。
アシリパさんは本当に賢い!
今回の殊勲はヴァシリとアシリパさんだな。
もし普通のアイヌなら杉元以上に白熊を送らなかったからだと思い込み、周りが何も見えないままだったかもしれない。
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ヴァシリの絵で平太の正体を知ったのが白石だけで、気づくのが遅れた杉元は腕を折られてしまった。
ただ、カムイのままにして真実を見落としたままだったらもっと悲惨な結果になったかもしれない。
今回はヴァシリとアシリパさんの二人がみんなを救ったといえる。
しかし平太の正体は知れたが、戦いは始まったばかりだ。
杉元の腕を折る平太のパワーは本物だ。
関節部を逆に曲げて折るのとは違い、この、まるでマッチ棒のような折り方ができるのは半端な力では無理だ。
平太が心の底からウェンカムイになりきって、人間の潜在能力を出しきっているということではないか。
主力の杉元が負傷した今、頼りになるのはヴァシリか。
果たしてこの戦いはどう決着するのか?
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前話第221話 ヒグマ男
死刑囚平太
門倉は酔っぱらってキラウシに話を切り出す。
それは死刑囚松田平太についてだった。
口調が女性のようになったり、とにかく頻繁に変わって気持ち悪かったと平太のことを振り返る。
ある日平太は、自分の中に何人も人間がいて入れ替わることを門倉に打ち明けていた。
さらにヒグマが自分の舎房の周りをうろついていると怯えてみせるのだった。
人を食う悪い神様という門倉に、ウェンカムイ、と補足するように呟くキラウシ。
門倉は、平太曰く、ウェンカムイが彼の頭の中の人間を一人ずつ襲って食べていくのだと話を続ける。
平太は、ウェンカムイがそうやって人を殺していった最後に自分が食われて体を乗っ取られると、今度は自分がウェンカムイと化して誰かを襲って殺さないと収まらないのだと門倉に告白していた。
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現実の人間を殺すと自分の身体がバラバラの肉片となり、山に飛び散って、元の自分へと戻る。
それを何度も繰り返すという平太の話を振り返って、門倉は机を叩いて笑う。
「なんで飛び散るんだよ」
静かに口を開くキラウシ。
自分の地元ではウェンカムイの肉や毛皮は細かく切り刻んだ上で「改心しろ」と説教しつつ山にばら撒くのだと説明し、平太の話はおそらくそれのことだろうと推測を述べる。
門倉は平太が網走刑務所に収監されて、自分は捕まって良かった、とほっとしたように言っていたのを思い出す。
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そして平太が、「あれ」がなければウェンカムイに食われない、安心したと言ったことに疑問を覚えていた。
「あれ」が何なのかと門倉が尋ねても平太はそれには答えない。
ただ、ウェンカムイが自分を完全に乗っ取ろうとしていること、自分を操って脱獄させようとしていると続けるばかりだった。
平太は囚人服を脱いで門倉に上半身を見せる。
「いつの間にか私の体に入れ墨が彫られているんです!!」
門倉は平太が死刑判決を受けた裁判記録に、平太がヒグマの毛皮を被って被害者男性をズタズタにしてその肉を食べていたと記されていたと説明する。
「『道東のヒグマ男』松田平太 奴のいうことが本当なら今もどこかでそれを繰り返しているはずだ」
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杉元とウェンカムイと化した平太の戦い
左腕を折られた杉元は、乗った右手で銃を振り回して平太に応戦する。
その右腕に噛みつく平太。
杉元は平太ともみ合って、ともに坂を転がり落ちていく。
「杉元ッ」
アシリパは杉元たちが木の枝の上に落ちていくのを見送ることしかできなかった。
アシリパの元にヴァシリのスケッチした紙を持った白石がやってくる。
平太は入れ墨を持つ脱獄囚だと叫ぶアシリパ。
杉元の銃は、彼らを受け止めるクッション代わりとなった木の枝に引っかかっていた。
襲い掛かってくる平太。
それに対し杉元は徒手空拳で、しかも右腕のみで応戦していた。
平太に肩のあたりを掴まれて、平太の怪力に脅威を覚える杉元。
「ブオオオオ!!」
ウェンカムイと化した平太が杉元に噛みつこうとする。
杉元は平太の左肩に自らの右足の裏を押し当て、平太との距離を保っていた。
その状態のまま右手の銃剣を平太の身体に何度も突き入れる。
「ギャアッ!!」
平太はそう叫ぶと、被っている熊の毛皮の顔の部分、その口から両腕を出して、杉元の頭の上に貼られているアマッポの仕掛けを引っ張る。
そして平太は発射された毒矢を自らの首で受けるのだった。
「…!?」
何が起こったのかわからない様子の杉元。
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平太の最期
「杉元 無事か?」
アシリパと白石が杉元に声をかける。
やった、と平太が呟く。
「あいつに勝ったぞ」
アシリパは自分たちのいるところが、ついさきほどヴァシリが引っかかりそうになったアマッポの仕掛けがあるあたりだと気付く。
「あいつに気付かれないようにここへ誘い込みました」
声を絞り出す平太。
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アシリパに毒矢の処置を頼む白石。
しかし平太はそれを断って自分の話を続ける。
平太は12歳の頃にアイヌから聞いたウェンカムイの話をとても恐ろしく感じていた。
それでいつもウェンカムイについて空想していたのだと言う。
自分が苦労して採った砂金が家族に浪費されてしまうために、平太は彼らにバチを与えて欲しかったのだと続ける。
それは平太のウェンカムイとしての目覚めと同時に家族の皆殺しと言う形で実現するのだった。
「そして欲深い私も罰として食べられ…ウェンカムイとなった私は誰かを食べに行く」
誰かに止めて欲しかった、と続く平太の告白を、杉元たちはただ黙って聞いていた。
「杉元さんが戦ってくれたおかげで自分でとどめを刺すことが出来ました…ありがとう」
平太は力尽きるのだった。
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アシリパは、自分たちの住む地方ではウェンカムイに殺されることは、カムイに好かれたから連れていかれたと考えられており、ウェンカムイは罰を与えるために人殺しをするのではないと説明する。
そしてアシリパは、平太は中途半端にアイヌのことを知ってしまったがために、間違ったウェンカムイを想像の中で育ててしまったと結論する。
「正しく伝えることは大切だ」
アシリパの話を聞いていた杉元が続く。
「砂金への欲望が人生を狂わせたのか…あるいは砂金に狂わせる魔力があるのか…」
白石は平太の死体を抱いて、次はどこを掘ればいいんですか、と泣いていた。
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第221話 ヒグマ男の感想
多重人格
多重人格についてそんなに知識があるわけではないけど、確か現実逃避したい時に別の人格を作るということだったと思う。
ウェンカムイをその身に宿した原因は、12歳の時にアイヌから聞いたウェンカムイの話だったらしい。
その恐ろしさのあまり、何度も何度も想像し、やがて平太の内に恐ろしいウェンカムイを生んだ。
平太は純粋なのかな。普通はそこまで思いつめることは困難だと思う。
これまで出てきた囚人の中でも異質な感じがする。
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結局、父、三郎、嵩、ノリ子は平太の人格に過ぎず、実在しないのか?
平太の砂金を使い込んでいた家族とは、父、三郎、嵩、ノリ子のこと?
しかしそんな砂金に対する執着が平太のウェンカムイを目覚めさせたとすれば、平太自身の欲望が事の発端とも言えるのではないか。
杉元の言う、砂金が人生を狂わせたということ?
杉元のセリフと合わせて、今回何よりもアシリパさんの最後のまとめに関してとてもメッセージ性が強いと感じた。
正しく伝えることの大切さというのは、今回の話に限らないと思う。
今回、杉元たちは自分たちが追う”金”の魔力について考える機会になったようだ。
次回も杉元たちの話なのか。おそらく他のチームの話になりそうな気がする……。
楽しみ。
222話はこちらです。