キロランケ達を追って来たを目指す杉元たちは、とりあえず今夜、樺太アイヌの村に滞在する事を決める。
一方、麝香鹿を狩るキロランケはアシリパにウイルクの話をし、アシリパの記憶を刺激する。
そして、網走監獄で得た次の囚人の手がかりを手に釧路にやってきた土方、永倉、牛山。
情報を求め街中の人に聞き込みをするが一向に手がかりが見つけられない中、あるアイヌの男から意外な手がかりを得る。
第150話遺骨のあらすじ
激昂する月島軍曹
月島軍曹が猛烈な勢いで鶴見中尉を殴りつける。
周囲の兵隊が、突然激昂した月島軍曹を止めようとする。
しかし月島軍曹は自分を制止しようとする兵隊を無言の肘打ちで振り払う。
「なんであの子の骨が…」
月島軍曹は、地面に倒れた鶴見中尉のコートの襟を掴んで持ち上げ、睨みつける。
「どうして親父の家の下から見つかるんだ!!」
(骨が掘り出されるのをみんなが見てた)
月島軍曹は、いご草に似た髪の女の子が亡くなっていることを教えてきた兵士から、さらに衝撃の事実を聞かされていた。
月島軍曹は鶴見中尉の襟を掴み、挑みかかるような目つきを向けながら、矢継ぎ早に訊ねる。
自分の父が女の子を殺害したのか。
監獄に訪ねて来た際、自分に渡してきたいご草に似た髪の毛は埋まっていたものなのか。
そして、その事を九年間もの間自分に伝えず、騙し続けてきたのか。
鶴見中尉は平然とした様子で月島軍曹の成すがままになっている。
部下が上官に掴みかかっている情景を取り囲んで見ている兵士たち。
スポンサードリンク
鶴見中尉の告白
「お前が死刑を受け入れていたからだ」
鶴見中尉は月島軍曹の目を真っ直ぐ見つめる。
そして、自分を助けようとしている周りの兵士たちに向けて、自分と月島軍曹の二人だけにしてくれと兵士たちに向けて左手をかざす。
鶴見中尉は真正面から月島軍曹の両肩に手を置き、女の子が生きていると知らされた事で月島軍曹自身、死刑の身であることに後悔が生まれたはずだと諭す。
「感謝しろというんですかッ」
吠える月島軍曹。
鶴見中尉は、月島の父の命には月島軍曹自身を引き換えにするほどの価値はなく、どうしても助けたかったと続ける。
「誰よりも優秀な兵士で 同郷の信頼できる部下で そして私の戦友だから…」
「あの子で………」
鶴見中尉の静かな視線に見据えられ、月島軍曹は鶴見中尉の胸に縋りつくようにして言葉を絞り出す。
「俺を騙して欲しくなかった…!!」
鶴見中尉は、話は最後まで聞け、と、怒りから悲しみに感情が移行した月島軍曹に対しても静かな視線を向けたまま、ロシア語だけで死刑を免れる事が出来たと思っているのか? と問いかける。
鶴見中尉の問いかけに、何の事なのかという表情の月島軍曹。
その時、味方の陣地に何発ものロシア軍による砲撃の雨が降る。
スポンサードリンク
負傷
早く塹壕へ、と鶴見中尉と月島軍曹に兵士が声をかける。
兵士のいる塹壕へと走ろうとする鶴見中尉に月島軍曹が飛び掛かる。
「伏せてくださいッ」
地面に倒れ込む月島軍曹と鶴見中尉。
鶴見中尉は必死に自分を守ろうとする月島軍曹の顔を横目で見て、口元に笑いを浮かべる。
次の瞬間、鶴見中尉は仰向けに倒れたまま、大砲の衝撃に頭蓋を吹き飛ぶ。
鶴見中尉に覆いかぶさるような形で伏せていた月島軍曹は体ごと吹っ飛ばされる。
月島軍曹の脳裏にいご草の女の子との記憶が甦る。
故郷の佐渡。月島が女の子に言葉をかける。
(俺を名前で呼んでくれるおめが好きらすけ その髪も俺にとってはいとしげら)
(おめの髪をからかう奴は俺がしゃつけてやる)
女の子は月島に背を向け、海を見ながら返す。
(だすけん基ちゃんはみんなに嫌われたっちゃね)
砲撃を受けた月島軍曹は仰向けになり、虚ろな目をしている。
「傷口を押さえろッ」
周りの兵士たちが鶴見中尉と月島軍曹の救助に動き始める。
「早く担架持って来い」
「鶴見中尉殿ッ」
再び月島軍曹の記憶。
夕暮れの戦場で、戦死した第七師団兵達の為に設置された墓標の前に立つ鶴見中尉と月島軍曹。
「満州が日本である限りお前たちの骨は日本の土に眠っているのだ」
鶴見中尉は墓標に向けて淡々と続ける。
「お前たちの骨を守るために我々は狂ったように走り続けるぞ」
真摯な鶴見中尉の宣言を、月島軍曹はその背後から真剣な表情で聞いている。
回想終了。
スポンサードリンク
橇
負傷して意識が朦朧とした様子の月島軍曹は、担架に乗せられ大急ぎで運ばれていく。
うわ言のように”鶴見中尉殿……”と呟く。
「生きてるか?」
同じく担架に乗って運ばれている鶴見中尉は、頭部から大量に出血しながらもはっきりとした口調で月島軍曹に直接安否を問う。
月島軍曹は、わかりません、とだけ呟く。
担架で運ばれている二人は凍った河に架かった橋に差し掛かっていた。
河の向こうに野戦病院があり、工兵が作った橇があるはずだと誰かが言う。
凍った河に、橇が二つある。
その内一つには既に、先に着いていた負傷者が仰向けに寝た状態で乗っている。
空いているもう一つの橇に、まず鶴見中尉が横たえられる。
鶴見中尉に続いて、月島軍曹が河に到着する。
「こっちも使え」
最初に橇の載せられていた兵士を、彼についていた兵士が下ろす。
月島軍曹を運んでいた兵士が、いいのか? と訊ねる。
そのやりとりを見つめる月島軍曹。
「『助かる奴を優先してくれ』とこいつが言ってる」
顔に傷を持つ兵士が橇から引きずり下ろした兵士の目を覆いながら答える。
譲ってもらった橇に乗り、月島軍曹が運ばれていく。
月島軍曹の乗った橇は兵士たちに引かれて、猛スピートで河岸から離れていく。
月島軍曹は、どんどん遠くなる自分に橇を譲ってくれた二人の兵士の姿を虚ろな目でじっと見つめる。
スポンサードリンク
真実
野戦病院で治療を受け、何とか生きながらえた鶴見中尉と月島軍曹。
鶴見中尉は頭部にぐるぐるに包帯を巻かれ、月島軍曹もまた胴体に鶴見中尉と同様に包帯を巻かれている。
鶴見中尉は、自分の床のそばに正座する月島軍曹に語り掛ける。
「『月島の親父がいご草ちゃんを殺した』なんてちょっと盛り過ぎな話だと思わんか?」
月島軍曹は力の無い目を中空に漂わせ、ただ沈黙している。
だが結果的に効果はあった、と月島軍曹の答えを待たずに鶴見中尉が続ける。
鶴見中尉は説明を始める。
月島軍曹の父に関して『殺されても当然の父親』というイメージが足りていないと考えた鶴見中尉は、島民たちに見せつけるようにして月島軍曹の実家から遺骨を掘り出した。
それは、当時、死刑囚として監獄に入っていた月島軍曹を釈放させる為の工作だったと告白する。
幼少期から虐待され、過去に殺人を犯した噂を持つような素行の悪い父親を持つ月島軍曹。
そんな父親に、戦争に行っている間に婚約者を自殺に見せかけて殺された。
それを知った月島軍曹が逆上して父親を殴った末に死に至らしめてしまった。
つまり月島軍曹の過失致死というシナリオを描いた鶴見中尉は、それを政府に信じさせることで月島軍曹への情状酌量を引き出したのだった。
鶴見中尉が仕掛けた工作はずっと島の人間の間で信じられ続けていた。
そして9年後、戦地で偶然、月島軍曹に対して、鶴見中尉の工作を真実だと信じる兵士が月島軍曹にそれを伝えたのだった。
スポンサードリンク
完了
「お前の父親の名誉は散々だが最後は息子の役に立った」
きちんと正座し、鶴見中尉の説明を静かに聞いていた月島軍曹。
「じゃあ彼女は…」
ぼうっとした表情で女の子の安否を問いかける。
鶴見中尉は、彼女の死亡届は出しておらず、戸籍もそのままだと答える。
「東京へ嫁いだ彼女に迷惑はかからんだろう」
「ああ………」
月島軍曹は、彼女の生存を喜ぶわけでもなく、ただ静かに答える。
「そうですか」
鶴見中尉は、戦争がもうすぐ終わる。それに伴って「例の計画」を実行に移すと口にする。
「アイヌの…ですか」
さきほどとうって変わって、力を取り戻した目つきで鶴見中尉を見つめる月島軍曹。
「覚悟を持った人間が私には必要だ 身の毛もよだつ汚れ仕事をやり遂げる覚悟だ」
鶴見中尉もまた月島軍曹をじっと見つめる。
「我々は阿鼻叫喚の地獄へ身を投じる事になるであろう」
「信頼できるのはお前だけだ月島 私を疑っていたにも関わらず お前は命がけで守ってくれた」
「鶴見中尉殿に救われた命ですから残りはあなたのために使うつもりです」
月島軍曹は、静かに、しかし確固たる意思を秘めた目を鶴見中尉に向ける。
「いまその言葉が月島から聞けてよかった」
鶴見中尉は月島軍曹の肩に手を置く。
その視線は、月島軍曹ではなく、テントの入口に立って二人を覗いている兵士へと向けられている。
その兵士は、月島軍曹にいご草の女の子が月島の父親に殺されたと伝えていた兵士だった。
スポンサードリンク
150話の振り返り感想
真実はどこにあるのか
これ、おっそろしい話だったなぁ。
鶴見中尉ちょっとヤバすぎだわ……。
月島軍曹に助けられた時、ニヤッと笑ったのはこういうことだったか……。
ここまで周到に人間を騙すとは……。
情報将校として優秀過ぎる。
真実はどこ!? どこまでが真実で、どこまでが嘘?
やっぱりいご草の女の子は死んでいるの?
親父が殺したの?
もし死んでいるならあまりにも月島軍曹が可哀想だ。
女の子が生きているという希望的観測から想像する。
もうじき戦争が終わるのを感じていた鶴見中尉は「例の計画」の為に、戦後も変わらず――、いや、より忠実に自分に忠義を尽くしてくれるようなコマへと月島軍曹を成長させたかった。
そこで、兵士に佐渡出身だと言わせ、いご草の女の子が月島軍曹の父に殺されたと教えるように、と命じ、月島軍曹が自分に食って掛かるように仕向けた。
その後、実はいご草の女の子が父親に殺されたというのは月島軍曹の釈放の為の情報工作だった。女の子は生きている、と安心させて、より自分のカリスマ性を高めようとした。
だからあくまでいご草の女の子は生きている――と思いたいんだけど、わからないんだよなぁ。
今はまだ、読んだばかりの衝撃で頭がはっきりしないだけで、論理的に考えれば真相は導き出せるのだろうか。
頭の良い人には分かるのかな……。
あまりにも人心の操作に長けている。まさに悪魔的。
鯉登少尉や宇佐美上等兵にも、今回の月島軍曹に対してほどではないけど何かしらの工作の上で人心掌握してたりするのだろうか。
自分には、少なくとも月島軍曹を鶴見中尉に食って掛かるように仕向けたのが鶴見中尉だという事実だけで恐ろしい。
スポンサードリンク
月島軍曹が鶴見中尉に尽くす意味が明らかに
あと、今回明らかになったのは、月島軍曹が鶴見中尉に忠義を尽くす理由。
少なくとも月島軍曹は鶴見中尉の言葉を信じた。そして大きな恩義を感じている。
鶴見中尉は自分を救おうとして、島中の人間だけでなく中央政府までも騙すような大仕事をさせ、死刑囚として完全に死を受け入れていた自分を救い出してくれた。
いご草の女の子の顛末を教えてくれて、自分の命ばかりではなく心までも救ってくれたという大きな恩がある。
この人の為になら死ねるくらいに考えている。
”考えているかもしれない”ではなく、”考えている”。
今回の話の最後、月島軍曹の、
「鶴見中尉殿に救われた命ですから残りはあなたのために使うつもりです」
というセリフを言った際の月島軍曹の表情には迷いが一切見られない。
鶴見中尉を疑う心が完全に排除されている。
この瞬間、月島軍曹は、まさか自分が鶴見中尉にとって、「例の計画」の成就の為の強力な手駒と化した事を知る由もない。
それが本当に恐ろしい。
もし、こうまで完璧に他人を翻弄できる人間が現実にいるとしたらゾッとするどころじゃないな。
自分の意思が知らぬ間に操作され、人生が乗っ取られてしまうなんて死んだのと同じだろう。
ただ、疑う余地も無い人間が居て、その人間の為に生きるのは迷いが無い分、楽だという側面もある。
月島軍曹はもはや鶴見中尉の言う事を絶対として生きる事となった。
そこに自分の意思など介在させる必要が無い。鶴見中尉を信じ切っているから。
それが人間としてどれだけ楽か。
スポンサードリンク
月島軍曹は鶴見中尉の”武器”を知っていたはず
月島軍曹は、鶴見中尉が目標達成の為には平気で虚実を織り交ぜて情報工作を行うことを知っていたはずだ。
「あの子で俺を騙して欲しくなかった…!!」
このセリフはそれを読者に教えてくれている。
恐らく、月島軍曹は鶴見中尉との9年もの付き合いで、情報将校・鶴見中尉の情報操作の巧みさを間近で見るシーンが多かった事と思う。
上記のセリフは、情報操作が鶴見中尉の強力な武器と知っていての発言だろう。
元々、月島軍曹は鶴見中尉により死刑から救われた身。その事と併せて、女の子が別の場所で生きている事を知らされた事も感謝しているはずだ。
そして、だからこそ9年も鶴見中尉に尽くして来た。
月島軍曹としては十分鶴見中尉を警戒して、その性質を知っていた気になっていたのかもしれない。
だが、鶴見中尉の悪魔としての才は、月島軍曹の想像を遥かに超えていた。
月島軍曹の行く先には、一体何が待っているのだろうか。
実は女の子は死んでいるという展開だけは勘弁してもらいたい。あまりにも月島軍曹が不憫だ。
スポンサードリンク
鶴見中尉、月島軍曹の杉元とのニアミス
河を素早く越えるための橇に既に乗っていた兵士は寅次だった。
助かる奴を優先してくれ、という寅次の言葉を月島軍曹を運ぶ兵士たちに伝えたのは顔の特徴的な傷から杉元だと分かる。
杉元の目元は軍帽で隠れているが、死を覚悟した幼なじみを前にして心を揺らさずにいるわけがない。
きっと泣きそうな目をしてたのだろう。
河岸で寅次を抱きしめる杉元の姿が辛かった。
助けられなくてごめん、とでも声をかけていたのかな。
きっと、この時の事は杉元にトラウマを残しただろうな。
意識を朦朧とさせていた月島軍曹は、それでも自分に橇を譲ってくれた名も知らぬ兵士を見つめていた。
ここで譲ったのは橇ではない。命だ。
月島軍曹の胸に、感謝、謝罪、無力感、様々な感情が湧いたに違いない。
これは月島軍曹だからではない。こういった立場に立たされた軍人ならば誰もが皆、同じような気持ちになっていたはずだ。これぞ人間と思う。
あと、鶴見中尉の襟を月島軍曹が両手で持って食って掛かっているのを見ていた周りの兵士の中に谷垣がいなかった?
セリフは無かったけど、もみあげから繋がっている髭とか、目つきとかそっくりなんだけど……。
ただ似てるだけの兵士かな?
いつか、それが分かるのだろうか。
今回の、月島軍曹の過去は非常に読みごたえがあった。
次に描写されるのは杉元たちか、キロランケたちか。
非常に楽しみだ。
150話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。
スポンサードリンク
第151話 ジャコジカたち
樺太アイヌの村に滞在する杉元たち
杉元たちは樺太アイヌの村に滞在する事を決める。
鯉登少尉は、先にある豊原という樺太で最も大きな街まで行けば立派な旅館があるだろうに、と不満そうな表情で不貞腐れる。
月島軍曹は、豊原には明日寄っていきましょう、と鯉登少尉を宥める。
一方、チカパシはエノノカが両手の掌に載せた飾りを前にきょとんとした表情をしている。
このホホチリを着けて良いか、と問いかけるエノノカ。
「ホホチリ?」
何のことか分からない様子のチカパシ。
エノノカは、北海道のアイヌは知らないのか言ってから、これは樺太の男の子は10歳位の歳まで額につける飾りであるだ説明する。
そして、このホホチリは自分のオナハ(父)が着けていた物であり、チカパシに着けてほしいのだと続けるのだった。
スポンサードリンク
ジャコウ
大木の下にいる獣――麝香鹿を、アシリパは興味深そうに見つめていた。
キロランケはこの獣、麝香鹿は樺太アイヌの間ではオポカイと呼ぶのだと説明し、さらにその牙の生えている様子からオスだと付け加える。
逃げだす麝香鹿をすかさず銃で仕留める尾形。
手持ちのマキリで麝香鹿の解体を行うキロランケ。
麝香鹿は美味く無く、皮に関しても弱くて毛皮としての価値は無いとアシリパに説明する。
しかし、オスの麝香鹿には「麝香腺(じゃこうせん)」を出す麝香嚢(じゃこうのう)があるのだと切り取ったそれをアシリパに向けて掲げる。
それをクンクンと嗅ぐアシリパ。
「くっさいッッ オシッコとアチャのワキのにおい」
アシリパは顔を酷く歪める。
さらにその麝香嚢を尾形にも嗅がせるキロランケ。
クンクンと嗅いだ尾形は、まるでフレーメン反応を起こした猫の如く口を半開きにして放心する。
この麝香嚢乾燥させると麝香という漢方になり、高く売れるのだというキロランケ。
さらに、それを薄めると香水として異性を惹きつける効果があるのだと説明する。
「まぁ…俺は香水なんぞ無くても女が寄ってくるけどな…」
襟を開きキメ顔のキロランケ。
「ふあーうッ 全身が麝香ッ」
白石がノリノリの様子で煽る。
麝香鹿が決まった巣を持たないので樺太では季節労働者を「ジャコジカ」と呼ぶのだと説明するキロランケ。
自分と同様、若い頃は樺太を放浪していたアシリパの父、ウイルクもジャコジカと呼ばれたのだ、と続ける。
アチャが…? とその話に反応するアシリパ。
キロランケはさらに、ウイルクが初めて獲った獲物も麝香鹿で、その場で自分の額のホホチリを切り落としたと聞いたと続ける。
ホホチリという単語に心当たり様子のアシリパに、キロランケは、ひとりで獲物を斃せたら切り取る、小さなガラス玉をつなげた男の子が前髪につける三角の飾りだと説明する。
スポンサードリンク
ウイルクとの記憶を巧みに刺激するキロランケ
樺太アイヌの小屋の中では、チカパシの背後に回ったエノノカがチカパシの前髪にホホチリを着けていた。
チカパシはクズリを撃ったが、谷垣がそれを助けた、というエノノカ。
ひとりで獲物が狩れたら切ってね、と言いながら作業を続ける。
その様子を横目でじっと見つめる谷垣。
以前、アシリパは幼い頃にウイルクから、前髪にホホチリをつけてもらっていたのだった。
ウイルク自身がつけていたものだと説明を受けていた事を思い出すアシリパ。
そして、大きなったら狩りに行くのでそれまで前髪に結んでおきなさいとウイルクに言われていた。
記憶の底に眠っていた光景を思い出したアシリパは、ホホチリがどういったものかに思い当たる。
「麝香鹿のお陰で私の知らないアチャに会えた気がする」
笑顔で呟くアシリパ。
「それに忘れていたアチャとのこともひとつ思い出せた」
「……そうか 良いことだ」
短く呟くキロランケ。
尾形は二人のやりとりを黙って聞きつつ、じっと見つめている。
釧路に向かった土方たち
釧路。
海の桟橋には数多くの小舟が停泊している。
そして、漁業関係者もまた大勢が働いている。
そんな中、背負子を担いだ一人のアイヌがギョッとした表情で何かを発見する。
そこには牛山がいる。
牛山は大量の荷物を軽々と担ぎ、周りの女衆とヘラヘラ会話をしているのだった。
もっと持てるよ、と惚けた顔の牛山。
「お嬢ちゃんたちも一緒に担いでいっちゃうよぉ?」と冗談を言って、女性たちを笑わせている。
そこに土方が現れ、女性に質問をする。
「お嬢さん方…ちょっとこれを見てくれないか?」
これが何なのか教えてほしい、と掌の上の白い塊を見せる。
何の見当がつかない女性たち。答えは一向に出ない。
刺青人皮を持つ”土井新蔵”が釧路の海岸で捕まって網走へと収監されたのが八年前。
土方、牛山、永倉の3人は網走監獄の隠し部屋にあった”白い何か”は”土井新蔵”が隠し持っていた物だという情報を得ており、囚人の足取りを追う為に”白い何か”について詳しく知ろうとしていた。
しかし一向に情報は得られない。
牛山が、今夜の寝床を探している、と自分たちの事を見ているアイヌの男に話かける。
ついてこい、とアイヌの男は土方たちを一軒の家に迎える。
スポンサードリンク
”白い何か”=エトピリカ
アイヌの男にシシャモを振舞われる土方たち。
アイヌの昔話の中には、飢饉で苦しんでいる際、カムイが柳の葉をシシャモに変えてくれるという話があるのだと説明する。
そして、自分たちのコタンは貧しく、昔話通りシシャモに助けられているのだと続ける。
美味そうにシシャモを食べる牛山。
土方が”白い何か”をアイヌの男に見せながら、これが何か知らないかと問いかける。
「あんたこれがなんだか知らんか?」
アイヌの男はそれを手に取り眺めた後、土方たちに”エピトリカ”だと告げる。
スポンサードリンク
高齢の人斬り
アイヌの男は、エトピリカとはアイヌ語で「くちばし」が「美しい」という意味の海鳥であり、土方の見せた”白い何か”はズバリそのくちばし部分なのだと言う。
異性を惹きつける為の飾り部分で、繁殖期が終わると剥がれ落ちると説明する。
アイヌの男は、アイヌはエトピリカの毛皮を使ってチカプ・ウル(鳥皮衣)のような服を作るのだと答える。
そして、北海道の太平洋側でしか獲れないシシャモと同じく、エトピリカは釧路よりも東の「根室」の方にしかいない鳥なのだと付け加える。
「根室…」
呟く土方。
「奴に近づいているのかもしれんな」
「気を引き締めておけよ」
永倉が牛山に注意を促す。
牛山は、あのジイさんは土方や永倉よりも年上だろうと言い、あんなヨボヨボでも用心しないといけないのかと問いかける。
土井新蔵は偽名だ、と土方は鋭い表情で答える。
そして、大昔に京都であの男に会った事があると続ける。
「『人斬り用一郎』 幕末に要人など何人もの暗殺を行った殺し屋だ」
スポンサードリンク
150話の感想
アシリパの記憶を探るキロランケ
キロランケの話術が巧みだと感じた。
麝香鹿を狩るという行為の中で、ごく自然にアシリパとの会話の中にウイルクの話題を持ち出してアシリパの記憶を刺激して、ウイルクから託された金塊に繋がる情報を引き出そうとしている。
アシリパはまだ金塊に関する情報を思い出していないようだ。
しかし、この調子だとどこかで何かに思い当たってもおかしくない。
ホホチリ一つからもアシリパの忘れていた記憶が引き出されたわけで、キロランケは以降もこのやりかたを続けるのではないか。
キロランケもそうだが、尾形もまたアシリパがウイルクから託された金塊の情報を漏らすのを逃すまいと真剣な様子が見える。
ただ、今回の麝香嚢を嗅いだ際のフレーメン反応には笑わせてもらった。
香水なんて無くても、と言ったキロランケもそうだけど、コミカルな一面も見られないと寂しい。
アシリパをさらったキロランケも尾形も、まだ彼女に危害を加えてはいない。
しかし今後、キロランケや尾形が彼女に武器を突きつける展開が来るとしたら辛い。
スポンサードリンク
土井新蔵――人斬り用一郎
幕末に暗殺を生業としていたというから強敵なんだろうな、という印象を持った。
歳は土方や永倉よりもさらに上だという。
同じ囚人だった牛山が”あんなヨボヨボでも用心しないといけないのか”と言ったが、土方が刀とウィンチェスターライフルを振り回すような世界で、その土方が真剣な顔つきで説明するような囚人が弱いはずがない。
恐らくはとても手ごわい相手なのだろう。
杉元たちは樺太にいるし、土井新蔵と戦うのは土方たちであることは確定と言って良いだろう。
きっと土井も一筋縄ではいかないんだろうな。
刺青人皮を巡り、高確率で戦闘が発生するだろう。
土井新蔵が果たしてそんなキャラなのか分からないけど、強キャラ感がひしひしと感じられるので登場が楽しみ。
151話の感想記事は上記リンクをクリックしてくださいね。